青空が見えればソワソワと落ち着かなくなる。少し南に繰り出せば気の早い花たちが顔を出しているのではないかと、こちらは気がそぞろになるのだが、遠出をするにはやはりちょっと踏み切りが必要だ。そんな私の気持ちを察したか「電車に乗って、臥竜山はどうかな」と夫がつぶやく。「え〜っ、臥竜山?」と言われるのを覚悟したかのような気弱な声。
「あ、面白いかも。行こう」という私の反応に驚いたかのように電車の時間を調べ始めた。長野電鉄に善光寺下駅から乗る。行き先は須坂駅。家から駅まで一回山登りをする。というのは冗談だが、城山を登って降りて駅に着く。久しぶりに乗る長野電鉄線の車窓から北信五岳を眺め、善光寺平を取り囲む里山の連なりを眺める。稜線部分は霞んでいるが、なかなかの展望だ。千曲川を渡るとじきに須坂駅に到着だ。
駅からゆっくり歩き出す。目的地は臥竜山公園、街の中のわずかに登り傾斜の道をとことこ歩いていくだけだ。途中脇道に入って須坂高校の前を通る。夫の出身校、「創立100周年」の幕がかかっている。歴史ある学校なんだ。
そこから少し歩くとすぐ臥竜山が緑濃い姿で行く手に立っている。その麓には竜ヶ池が横たわり、いつ来ても水鳥が遊んでいるのだが、さて、今日はどうだろう。ここまでの道にはほとんど雪がなかったけれど、池には薄氷が張っている。「これでは鳥も泳げないね」と話しながら近寄っていくと、いるいるカモさんが。わずかに水面が揺れているところには数頭のカルガモが、そして少し歩いていくと奥の氷の上にはたくさんのマガモたちがじっとしている。池の面の氷と水面の境目あたりにたくさんいる。多くは氷の上に丸くなってじっとしているが、たまに一頭、二頭水に降りて羽をバタバタさせる。そしてまた丸くなる。「カモさんも寒いだろうね」「寒くても水の上がいいのかな」などと話しながら、私たちは池のほとりを離れ、山道に入っていく。昇竜登山口からの斜面は西陽が当たるのか、雪はほとんど残っていない。ところどころに『臥竜山百番観音 秩父○番』、『臥竜山百番観音 西国○番』などと立札のある石仏が立っている。そして道は縦横に走っている様子。一つ一つの石仏にお参りする人用なのか、斜面には狭い階段状の道がたくさん見えている。
どこを通っても山頂に行けそうだ。私たちは多分最も一般的な緩やかな道をのんびり登っていく。山頂近くなると雄大な北信の山々と北アルプスが一望だ。
あれは何これは何と山座同定を楽しみ、山頂に立つ。ここからも眺めは良い。北竜と名付けられた四阿があるからここでおやつを食べようと話すが、山頂は風が強い。暖かい陽気とはいえ真冬の風が吹けばやはり寒い。クッキーを一口頬張って歩くことにする。動いていれば寒くない。
まだ歩いたことのない中腹の一周コースを歩こうかと思ったが、陽がささないコースは寒いかもしれないからまた今度と、何度か歩いている稜線を巡って須田城跡まで行ってみることにする。
一度下がって観音橋を通り再び登り始めると雪が増えてきた。わずかな角度の違いで雪の量が確実に変化する。少し登って南斜面になるとまた雪がなくなった。そこからはすぐ須田城跡に登り着く。臥竜山の斜面には松がたくさん植樹されて可愛い松林になっていたが、この辺りにはカシワの木が多い。カシワの大きな葉が茶色くなって残っている。そしてその足元にノキシノブが胞子をつけて群生している。
キノコもあまり多くはないが、切り重ねてある倒木にはハッとするようなオレンジ色のキノコがたくさん顔を出している。ヒイロタケだ。白く乾いて今にも崩れ落ちそうなヒトクチタケの脇から可愛い小さな赤ちゃんキノコらしいのが顔を出している。キノコの世代交代なのか。
山頂からの展望はあまりないので、木の芽などを眺めた後は降ることにする。ここからはちょっと急な道が竜ヶ池まで降りている。途中の南竜という名の四阿から須坂の町の向こうに広がる山の風景を楽しみ、後は一気に降る。池の淵に下り着くと小さな滝が水飛沫をあげて落ちている。滝の周囲は水飛沫が凍って光っている。こんな小さな山のどこから水が湧いてくるのだろうと首を傾げながら、しばらく流れを見ている。
竜ヶ池に浮かぶ弁天島に寄り道した後は、ちょっと遅めのお昼。須坂名物らしい真っ黒おでんを食べよう。池のほとりにある小さな食堂でおでんとラーメンを食べる。真っ黒なおでんはしょっぱくなく美味。こんにゃくがいい。ラーメンも素朴な昔懐かしい味。
お腹がいっぱいになったので、須坂駅に向かう。夫が高校時代に歩いた通学路を辿って駅へ。再び懐かしい旧東急車輛に乗って車窓の風景を楽しみながら家に向かった。