友人がやってきて、山の話をする。そして時には一緒に山道を歩く、とても楽しみな時間だ。昨年秋に思い立ってやってきてくれた友人は雨も引き連れてきたのか、二日とも雨模様の中、裏山を歩いた。そして初めてのグループ登山も雨の中だったと苦笑。箱根の明神ヶ岳に登ってきたと言う。
関東に住む友人はここ数年自宅近くの山々のハイキングを楽しむようになったそうで、聞けばなかなかの健脚だ。誘われて、初めてちょっと遠くの山に足を伸ばしたのが明神ヶ岳だったそうで、歩き始めから降っていたとか。「それは残念だったね」と言いながら、最後の方は雨も上がったと聞いて良かったと頷く。私も経験があるけれど、雨の中ばかりでは残念だ。
私が明神ヶ岳に登ったのは一回だけ。息子と娘を連れて、明神ヶ岳から明星ヶ岳まで足を伸ばして歩いてきた。山が好きな私は子供を置いていくより、一緒に歩くほうが良いと判断したのだったが、疲れた子供たちは口を尖らせていたっけ。
三浦半島の付け根から東海道線に乗り、小田原で伊豆箱根鉄道大雄山線に乗り換え大雄山駅へ。そこからさらにバスで道了尊まで走る。バスを降りると、天狗の最乗寺を越えて登り始める。
深い、暗い森の中の道をひたすら登っていく。「ねぇ、まだ〜?」「いっぱい歩いたよ」二人の子供たちは疲れた、疲れたと言いながら歩いていく。だが、言葉より体は元気だ。
深い森の中を登っていく道には花の姿が少ないが、カンアオイの花を見つけた私は大喜び。道々森の縁沿いにカンアオイの花は続いていた。濃い緑の葉の足元に、地面に転がるように咲くカンアオイの花にはあまり目を惹かれないらしく、立ち止まって見る人はいない。そう、思ったより登山者は多く、後になり先になり、登っている人の姿が見えている。箱根の山は人気ということかもしれない。
森を抜けると今度は明るい草原になる。リンドウや野菊の花も見られるようになり、アザミの赤が枯れて茶色になってきている。
そう言えば、前を行く年配の婦人数人のグループがリンドウの花を折っていた。「きれいねぇ」という声が聞こえる。と、娘が大きな声で「山のお花を取ったらいけないんだよね〜」と叫んだ。 婦人たちはギョッとしたように振り向き、そそくさと早足で進んでいった。私は娘と、足元にちぎられた花の茎を見つめ、「いけないよね」と顔を見合わせた。
いけないと思っても見て見ぬ振りをする風潮がある昨今、小学生だった娘の少し高い声は今でも私の内に響いている。
ようやく明神ヶ岳の山頂に到着。たくさんの人たちが腰を下ろして休んでいる。箱根と言えば一大観光地、私たちもその後何度も訪れている。彫刻の森美術館で遊んだり、ロープウェイで大涌谷を巡ったり。鉄ちゃんの夫は箱根登山鉄道に乗るのも好きだ。子供達だけでなく、孫を連れて出かけたことも何度かある。いつも外輪山を見上げるのだが、写真を探してみると、富士の写真は多く、金時山の姿もあるのだが・・・。明神ヶ岳、明星ヶ岳を写したものが見つからない。目の前に富士が見えるからか、他の山にカメラを向けようとしなくなってしまうようだ。
まぁいいか、孫たちとは山を指差してママと登ったんだよと話したが、それとてももう彼らの記憶にはないだろう。
さて、明神ヶ岳で少し休憩してから、少し戻るようにして明星ヶ岳に向かう。急な登りが終わったからか、諦めたからか、子供達も元気に歩いている。明星ヶ岳からは一気に宮城野へ下るのだけれど、大文字焼きの跡を踏んで行こう。ここでは8月16日に大文字焼きが行われるので、その巨大な文字の跡がある。横108m、左にはらう「ノ」の長さが162mだそうだ。草のない文字の跡を踏んで、祭りの夜を想像しながら、一気に道を下った。急な道だったので、思ったより早く下に降りることができたのだが、箱根は混んでいた。満員ですという声を残して、何台もバスが通り過ぎて行き、ようやく乗れたバスも超満員。ぎゅうぎゅうのまま右に揺れ左に揺れ・・・。前後左右しっかり押されているから倒れる心配はないけれど、湯本に着くまで我慢大会をしているようだった。
あれ以来、休日の箱根は敬遠しているのだが、それでも人の多さに驚くことも何度かあるのは、箱根の魅力が大きいということだろうか。