奥武蔵の伊豆ヶ岳に登った時は、顔がまんまるくなって、いわゆるムーンフェイスという状態だった。食べ過ぎたのではない。突発性難聴で入院するように言われたのだが、どうしても入院するわけにはいかない仕事を抱えていた。
ドクターがステロイドを処方してなんとか入院をせずに治療できるようにしてくれたのだが、結果としてムーンフェイスになったというわけ。早い発見、治療ができたので、難聴・めまいは改善されたのだが、膨らんだ顔はまだ痕跡が残っていたようだ。その時は「治った、治った」と喜び、あまり顔貌など気にならなかったのだが、後で写真を見るといつになく顔が膨らんでいた。
多少体調が気になっていても山道を歩くと元気が湧いてくる。これは私の場合。他の人に勧められることではないが、ちょっとどこかが気になる時でも山に入って体調を取り戻して帰ってきた。
伊豆ヶ岳にはどんな理由で出かけたのだったか、もう二人とも覚えていない。秩父の奥に咲くザゼンソウやセツブンソウを見に行き、その奥深い山の風景に心惹かれたというのも理由の一つだと思う。
それほど遠いと思っていなかったので、10時頃のんびり神奈川の家を出た。国道16号線から八王子バイパスに入り、滝山街道を進む。当時圏央道が日の出までだったので、そこまでは長かった。長野や新潟方面に出かけるときもこの道を通ってようやく圏央道に乗った。せっかく乗った圏央道だが、この日は目的地が秩父だったので、ちょっと走って狭山日高で降り、国道299に入った。これがやっぱり渋滞。ずりずりと進んで正丸駅の広い駐車場に着いたのはもう午後1時40分だった。
正丸駅まで電車できたらどのくらいかかったのだろう。広く、車もあまりいない駐車場の端に車を停めて、足元を整え歩き出す。
林道を歩くのはつまらないことも多いが、秩父の深い山の雰囲気に浸りながら30分、私たちは長い間閉じ込められてきた車中から解放されて、元気に歩き始めた。
林道終点の馬頭尊から稜線に上がる。すでに2時45分、出発が遅かったせいもあるが、渋滞にはまってしまったので、下山しようかという時間になってしまった。しかしせっかくきたのだから、頑張って歩こう。周囲は深い森、ムラサキケマンの一種、シロヤブケマンが綺麗に咲いている。
稜線を辿ってしばらく歩くと男坂女坂の分岐があり、男坂は鎖のある垂直の崖。私たちは鎖場などを見るとワクワクしながら登ったものだ。このときも男坂の急な鎖場を登ったのかなと思うのだが、記憶が定かでない。夫は女坂を行ったような気がすると言うから、そうだったかもしれない。私の体調が今ひとつだったのと、時間も遅かったのとで、安全道を登ったのかもしれない。鎖の急な岩場の写真が残っていないので・・・安全策をとったのかな。
深い森の中のとても急な道や、霞んで見える秩父の山の記憶はあるのだけれど、自分の頭の中なのになんだか不思議な気がする。
さて、森の中を登って濃いピンクのミツバツツジの花に包まれると、急に嬉しくなって気持ちまでものびやかになる。急な道を頑張って登ってきたご褒美かもしれない。足元に咲いていたのは、何種類かのスミレ、ヤマブキソウ、ニリンソウ、チゴユリなどの小さな花々。当時のカメラではなかなか小さな被写体にピントを合わせられなくて、撮影していないものが多い。思い出しながら、夫と「もう一度行ってこようか、取材のし直しだ」などと笑うのだけれど・・・。
男坂女坂分岐から山頂はすぐだった。15分で山頂に着いたとメモにある。山頂到着午後3時20分。山頂からの展望は霞んでいて残念ながらあまりくっきりとしない。 私たちは10分ほど山頂周辺の散策を楽しんでから下ることにした。あまりゆっくりできなかったけれど、もう3時半だ。歩き始めが遅かったから仕方ないね。
急な道を滑るように降りて、1時間で正丸駅に到着。車に乗って走り始めたけれど、やはり、国道299は渋滞していた。少しでも空いているのではないかと飯能市を周り圏央道に向かったが、それほど短縮にはならなかった。圏央道に乗ってからは来た道をひた走って家に着いたのは夜8時を回っていた。