山梨に住む友人を訪ねた帰り、諏訪の温泉に泊まった。神奈川に住んでいる頃はスキーの帰りなどに立ち寄ったが、長野に引っ越してからは初めてだ。県内にありながらむしろ遠くなった感じだった。
諏訪湖の御神渡りや、諏訪大社の御柱祭など、全国的に知られている土地だが、諏訪大社の御神体の山といっても首を傾げる人が多いだろう。地元の人にとっては大切な山でも、ほとんど知られていないということは山に限らずよくあること。せっかく諏訪の温泉に泊まるのだから御神体の山、守屋山(もりやさん)に登ってこよう。
ホテルを8時少し前に出発。茅野市から国道152号線で杖突峠まで登る。この辺りは南アルプスの最北部。糸魚川・静岡構造線と中央構造線が交差するあたり、様々な断層によって誕生した山が多い中で、守屋山は火山なのだそうだ。
いくつものカーブを越えて登ってきた道が、杖突峠の茶屋を過ぎると平らになり、広い駐車場がある。8時半、すでに車は3台停まっている。私たちも靴を履き替えて歩き始める。林道を少し入ったところに登山口の鳥居が立っていた。カラマツはすでに落葉が進み、森は明るい。ところどころに緑の葉をつけた低木がある。ソヨゴだ。緑の葉の下にきらりと光る赤い実をぶら下げている木もある。ウメモドキの実もミヤマガマズミの実も真っ赤に光っている。
明るい森をしばらく登ると林道にぶつかる。巨大な岩がいくつも転がっているが、これが溶岩だというから火山は恐ろしい。すぐに小さな鳥居があり、赤井沢へ降る登山道に入る。「せっかく登ったのに」と言いたくなるのはどこの山でも同じ、下りがあると恨めしくなる。沢の対岸にこれから登る守屋山の稜線を見上げながら道はどんどん降っていく。緩やかな下りなので、帰りはそれほど負担にならないだろうと思いながら歩く。鹿が多いと聞くから鹿よけだろうか、若木に金網の枠が取り付けられている。道の脇に延々と続く金網に、森を守ろうとする地元の人たちの苦労が見える気がする。鹿は天敵がいないので増えすぎ、今では鹿たちも食糧難になっているらしい。鹿が山の草花を食い荒らし、若木も食べ、日本の美しい山の景観が消えているのは残念だ。最近は各地で柵を巡らして景観維持や復活に努めている。
さて赤井沢を木の橋で渡る。橋の入り口に危険を感じたら迂回してくださいと看板が立っているが、どこへ迂回するのか分からない不思議な看板だ。幸い木の橋はしっかりしていて、私たちは沢の向こうの広場に出る。
ここは分杭平、広々とした傾斜地に小屋が立ち、立派なトイレやベンチもある。奥に広がる沢にはザゼンソウが咲くそうだ。春にはザゼンソウを見にくる人も多いとか。ずいぶん昔、娘と諏訪のザゼンソウを見て歩いたが、それはここではなかった。もう一つ北の有賀峠にある「ザゼンソウの里」というところだった。夫と見に行ったのは秩父の山の奥だった。まだ暗いうちに家を出てぽっくりと可愛い赤紫の花をめでた。今はもちろんザゼンソウの花は見えない。地元の人が大切に保護している様子がわかるだけだ。
一休みした後、奥にある小さな守屋神社の諏訪社にお参りして、その横から登山道に入る。しばらく森の中を登っていく。クロモジの木が多く、冬芽がたくさんついている。春になるとクリーム色の登山道になりそうだ。枝が折れているところをいただいてポケットに入れて歩く。時々香りを嗅ぎながら歩くと元気が出る。自然のアロマだ。
あまり急な道はないが、それでもずっと続く登りはなかなか疲れる。まだ霜が残っているが、溶けたところは滑るから注意しながら歩く。道の脇にある倒木は苔むしている。観察しながら歩いているが粘菌の姿はあまりない。マメホコリが少し見つかった。
カラマツに混じり白樺の大きな木が続くと急に視界が開け、目の前に守屋山東峰山頂の最後の斜面が見えた。右下に諏訪湖が見える。ヨイショとひと頑張りで東峰山頂だ。
男性が3人楽しそうに話している。ぐるりと360度の展望だ。10時半ちょっと前に到着、杖突峠から2時間弱だ。途中のんびり休んだり、粘菌の観察で止まったりしてきたから、まぁまぁのペースというところか。
ここからは西峰の山頂も見えている。人がいるのが見える。先に登っていた男性は地元の人だそうで、東峰の山頂は岩でゴツゴツしていて狭いから、西峰で休む人が多いと話してくれた。
展望を楽しんでから、私たちも西峰目指して出発。東峰の岩を降りたところに守屋神社奥宮が祀られてある。行ってきますと挨拶して進む。この奥宮は頑丈な柵で囲まれているのでびっくりしたが、雨乞いのために祠が倒されるのを防ぐためだそうだ。
せっかく登ったのに、一度降りるのが残念だが、降っていく。登りにかかると小ピークの中嶽を越え、緩やかな登りで西峰に出る。西峰の肩には細石(さざれいし)との看板がついた青い大きな石があった。
三角点のある山頂はゆったりとしていくつもベンチが置かれている。目の下に諏訪湖が大きい。美ヶ原、霧ヶ峰、八ヶ岳、南アルプス、中央アルプス、御嶽山、乗鞍岳、北アルプス、そしてうっすらと浅間山。北信五岳も見えるそうだが、今日は少し霞んだ空なので見えない。
目の前に甲斐駒ヶ岳、北岳、仙丈ヶ岳が大きく見える。前日あの甲斐駒ヶ岳の向こうの麓に行っていたとはなんだか不思議な気分。友人の家から見た甲斐駒ヶ岳はちょうど逆の方向だったのだ。