ナンバンギセルに会いたいと思っていた。ずっと昔、神奈川で見たきりで、長野では情報が得られない。山梨に住む友人が情報を得て、写真を送ってくれた。咲き始めたナンバンギセルは懐かしく、ますます会いたくなった。
9月は小さな用がポツポツとあり、予定が立てにくい。いくつかの用が済んで、急に一日空いたので、以前から情報を得ていた埼玉の公園へ行ってみることにした。空模様はどんより、今にも水滴が落ちてきそうな中を出発。高速道路に乗る頃にはポツリポツリと当たってきた。目指す埼玉は曇りという予報を頼りに走る。
いくつもトンネルを越えて碓氷峠のあたりでは深い霧に包まれた。群馬に出ても雨は止まない。ついに埼玉県への県境を越えるが小粒の雨がフロントガラスに模様を作る。だが、嵐山のPAあたりに来ると雨は上がった。
高速を降りて、目的の国営武蔵丘陵森林公園南口の駐車場に車を停める。広い駐車場だが、平日の曇り空の今日は空いている。入場すると羽毛ケイトウが見頃と、案内看板が出ている。目的のナンバンギセルが咲く近くだから、その案内板に従って森の中を歩く。
国営武蔵丘陵森林公園は、1974年に明治100年を記念して開設された全国初の国営公園。埼玉県の比企北丘陵の自然を残した広い公園で、森林はもちろん、池沼、湿地、草地など多様な環境を有しているところだ。300haを越える広い敷地の一角にススキの原があるらしく、その根元にナンバンギセルが咲くそうだ。
ゆっくり森の中を歩いていく。ほとんど人の声もしない。ガビチョウだろうか、賑やかな鳥の声があたりに響いている。広い遊歩道の脇には草むらが広がり、アザミやキンミズヒキ、ツユクサなどがそれぞれの色に散らばっている。綺麗な豆科の花がポツリポツリと見えてきた。アレチヌスビトハギらしい、ピンク色がとても綺麗だ。森の奥へ入っていくと『古鎌倉街道』と看板があった。鎌倉と言えば、私たちが住んでいた神奈川県の太平洋に接する古都、ずいぶん遠いけれど、そこに至る道が通じていたのかと思うと感慨深い。
緩やかな丘陵地を歩くうちに汗が滲んできた。特別気温が高いのではなく、湿気が多いのだ。夫は扇いでいる扇子の紙が湿気を含んできたとびっくりしている。長野は乾燥が強い土地なので、湿気に締め付けられるような感触はあまりない。ちょっとびっくりしながら、汗を拭き拭き目的地を目指す。
運動公園が近づくと賑やかな子どもの声が聞こえる。遠足のようだ。芝生の坂を走り回っている子どもたちが見える。そこを過ぎると目の前に赤や黄色のお花畑が広がっていた。羽毛ケイトウの大パノラマだ。
でも私たちはまずナンバンギセルを探す。ススキの原が広いので、やってきた園内パトロールのお姉さんに聞いて教えてもらう。「あ、咲いてる」「わぁ〜、可愛い」などと私が興奮している横で夫が「これか〜」と静かな声。お姉さんの案内に釣られて覗きにきた人が数人いたが、みんなすぐケイトウの広場に去っていった。ナンバンギセルは一見地味な花だからかな。
公園の人が手入れして、見やすくしてくれてあるススキの脇の道を奥まで進む間、手前に、奥に、咲いているナンバンギセルの一つ一つを目に留めて歩く。
少し時期が遅かったので、落ちてしまっている花や黒くなってきた花も多かったけれど、まだまだ綺麗な桃色に開いている花にもたくさん会えた。
しばらくナンバンギセルの花を眺めた後、ケイトウのお花畑に行く。色分けされて綺麗に並んだお花畑は広くずっと続いていて圧巻だ。
ケイトウの花は昔、どの家の庭にも咲いていた記憶がある。ごく当たり前に目にしていた花なのだけれど、最近はあまり見なくなった。トサカのようにがっちりした形のものは鶏頭という日本名の由来だろうか。ここ森林公園にあるのはフワフワした羽のような形の羽毛ケイトウ。一つ一つは柔らかい感じだけれど、色が鮮やかなので集まるとインパクトがある。
さてお腹も空いてきた、中央にはレストランもあるそうだから行ってみようか。メニューは思ったよりたくさんある。昔懐かしいナポリタンを注文、これが予想以上に美味しかったので大満足。ぶつ切りベーコンの他に野菜がたくさん入っていて、さっぱりした味。満足、満足。
お腹がいっぱいになった夫は芝生の上の椅子で休憩タイム。長い運転ご苦労様、そして帰りもあるからね。その間に私は中央口から山田大沼を観察にふらり。大沼には緑の藻が浮いていた。猛暑の影響があるのだろうか。カワウが流れるように水面を進み、その奥の水辺にはアオサギがツンと立っている。遠くにはカモも浮かんでいる。ちょっぴり澱んだ沼の景色を見てから夫が休んでいる芝生に戻る。
帰りは園内バスに乗ってみることにした。声のいい、男性の車掌さんが切符を切ってくれて、出発。バスの窓から見る森の姿は角度が変わってまた面白い。要所要所で説明もしてもらい、あっという間に愛車が待つ南口に到着した。