神奈川に住んでいた頃は太平洋岸の低山歩きが休日の楽しみだった。世の中が週休二日制になり始めた頃だったので、仕事が詰まっていても1日は日帰り登山を楽しむことができるようになった。
「まさかり担いで金太郎。熊にまたがり・・・」という歌詞で歌われる金太郎さんを今の子供達は知っているだろうか。平安時代後期の武士と言われる坂田公時(さかたのきんとき)の幼名が金太郎。ほぼ伝説上の人物だが、私が子供の頃、金太郎さんの歌は子供たちの遊び歌としてよく耳にした。その金太郎が幼少時に遊んだと言われる金時山に登ってみたいと思っていた。
最初に登ったのはやはり秋。2歳4ヶ月の小さな息子を背負って長尾山からのコースだった。山頂の広いところに出ると背中のベビーキャリアから降りられるので、小さな息子は大喜び。山の上を歩き回り、登山者たちに「かわいい」などと言われていた。金時山からの下りでは、小さな足でゆっくり歩いてもみた。親の趣味に付き合わされて可哀想ではあったが、雄大な山の景色の中を動く姿は楽しそうでもあった。
それから時が過ぎ、今度は夫と一緒に登った。
高速道路を御殿場ICでおり、金時神社まで走る。ここから森の中を登り、矢倉沢峠から続く稜線を目指す。家から神社までは1時間半、歩き始めたのは8時40分頃。
神社から森の中を登りはじめる。一度林道を横切ったのを覚えているが、ほとんど車は来なかった。だが、20年後の現在、この道は交通量の多い道になっているらしい。渡る時には注意しようという喚起の看板があるそうだ。
さらに登ると巨大な岩が見えてくる。いくつもの木の棒で支えがしてあるのがなんだか楽しいのだが、この巨岩は『金時宿り石』と呼ばれていて、金太郎とその母の山姥が夜露を凌いだところだそうだ。真ん中に割れ目があり、それは寒さのせいで真っ二つに割れたと伝えられているそうだ。
森の中で朝ごはんのおにぎりを食べる。たっぷりの海苔で包んだおにぎりを作ってきたので、夫は大喜び。森の中の道は湿っているので、座らないまま立ち食いをしている。木々の間から見える景色を楽しみながらの立ち食い、お行儀は悪いけれど、まぁいいか。
1時間ほどかけて矢倉沢峠からの稜線に出ると、山頂まではすぐだ。
懐かしい大きな看板の向こうに富士がドーンと。そして山頂には景色を楽しむ人の姿が多かった。登ってくる森の中ではあまり人に会わなかったので、山頂の人が多いのにはびっくりした。金時山登山口から矢倉沢峠を通ってくるコースが一番人気のようだ。
山頂の茶屋は有名で、賑わっている。人が集まるところはちょっと苦手な私たちは山頂の端の岩に腰を下ろして休憩。秋の山だけれど、少し雲が多くて霞んでいる。遥か目の下には芦ノ湖が見える。
30分くらい山頂で景色を楽しみ、重い腰を上げる。きた道を引き返しても良いのだが、昔たどった道を行くのも面白かろうと、長尾山へ向かう。しばらくは急な道、気をつけて降りると広々とした長尾山の山頂に出る。紅葉が綺麗な森の中は歩いているのが気持ち良い。あまり展望がないので、ここには人が少ない。そして平らな広場になっているので、のんびり足を休めるにはぴったりだ。
秋深い季節なので、花はあまり見られなくなってきたが、地味なキッコウハグマがたくさんあった。しかし、白く開いた花はほとんどなく、みんな蕾に見える。そしてふわふわした毛のような実がいっぱい。蕾に見えるのは閉鎖花だというのは後になって知った。千本槍の秋の花も閉鎖花、調べると閉鎖花というのは色々あるらしい。花にとっては大きく開くエネルギーの節約になるのだとか・・・。もう直ぐ冬だからね、省エネで実をつけたいという訳ね。でも、それで受粉は大丈夫なのかな。やっぱり自然は不思議がいっぱいだ。
木々が鮮やかに色付いて、陽の光を跳ね返している、キラキラ、キラキラ。
乙女峠からもう一度見晴らしを楽しんで、あとは一気に降った。思ったより早い時間に下ることができたので、下からもう一度金時山を見上げて、車に向かった。まだ明るい空に、紅葉を纏った山が優しい姿で聳えていた。
金太郎さんもこうして山を見上げたのだろうかと、思いは古にも飛んでいた。