昼から激しい雷が鳴って夜まで続いた。雨と風になぶられた夜が明けると涼しさがやってきた。涼しいのは朝だけだけれど、それでも体が息をつく。
日中も涼しいところを歩いてこようと志賀高原を目指す。数日夕方の雷が続いているから早めにひと歩きして帰ろう。
志賀高原の中心部、蓮池の辺りの山の駅に車を停め、ゴンドラに乗る。楽ちん登山開始だ。まだ新しい志賀高原リゾートゴンドラで一回下る。下ったところはブナ平、志賀山温泉からブナ平ゴンドラで登ると発哺温泉、そこからさらに東館山ゴンドラリフトに乗り継ぐ。ゴンドラからは志賀高原の山々が見える。ニッコウキスゲが終わった緑のゲレンデを見下ろしながら揺られて東館山山頂駅に着く。駅前には広い木製のテラスができていた。
岩菅山をバックに何人かが記念撮影をしている。私たちは寺小屋まで歩こうと思うので、テラスは素通りして植物園の中を下る。青空が眩しいけれど、雲の動きも気になる。午後には雷が来そうな空模様なので、早足になる。高山植物園にはさまざまな花が咲いている。黄色いニッコウキスゲはポツポツと残り、ハクサンフウロ、シモツケソウ、タカネナデシコなどの赤い花が咲いている。ヤナギランも咲き始めた。武衛門池(ぶえもんいけ)の脇を通り過ぎて笹の間をしばらく進むとゲレンデにでる。寺小屋スキー場のゲレンデだ。
スキーで来たのはもう随分昔のことだからゲレンデの様子もうろ覚えだが、北信五岳の山々が白く浮かび上がっていて高いところにいると実感したことを思い出す。
久しぶりの寺小屋ゲレンデにはヤナギラン、アザミが赤く広がり、まだ咲き残っていたニッコウキスゲが明るい黄色に光っている。湿っているところには一面にコケが広がり、オレンジ色の胞子体がきれいだ。
広い草原には小さな花もたくさん散らばって咲いている。ヤマハハコは純白に光っていて目を引かれる。萼が黒く花の柄が白い毛皮を巻いたようになっている面白い花は、開くと綺麗な黄色だ。ミヤマコウゾリナかな。アキノキリンソウも黄色に輝いている。そしてホソバノキソチドリがそこかしこにひっそりと咲いている。高原の花たちだ。花たちにも個性があって、たくさん群落になって咲く花もあれば、一つ一つ空間を保ってポツポツと咲くのもある。種の保存のための花たちの工夫なのだろう。生息する環境や気候条件もそれぞれだから、うまく適合する条件の範囲が狭いものは絶滅の危機にあうのかもしれない。
ゲレンデを上り詰めると岩菅山や赤石山へ続く登山道がある。遠く山道を歩いていくのはとても魅力的だが、雷がやって来そうな雲行きだから今日は寺小屋峰を踏んで帰ろうと思っている。スキーで訪れた山を夏シーズンに歩いて登るのも面白いではないか。
山道に入ると木の下にゴゼンタチバナの花が咲いている。マイヅルソウはもう実になっている。イワカガミやイワナシも春にはたくさん花を咲かせたようだ。今はツルリンドウが目立たず咲いている。露出した木の根には苔がたくさん生えている。ゴツゴツした岩の上に張っている木の根を踏みながら登ると寺小屋峰の山頂だ。地図を見るとまさしく2125mの地点だと思われるのだが、倒れて割れている道標を組み立ててみると「寺小屋峰まで500m」の文字が見える。「この先なのかな」「この先は金山沢の頭になっちゃうようだけど」などと話しながら15分、少し下って登り返すとまたピークに到着した。「ここだ」「着いた」と喜びながら立っている標柱を見ると『ここは金山沢の頭』と書いてある。
やっぱり寺小屋峰のピークより奥へ進んだようだ。足早く一気に進んだので、夫は汗びっしょり。見ているのは夏の虫だけだと笑いながらここで着替え。そう、見晴らしの良いお花畑のゲレンデからこっち、誰にも会わない。東館山の植物園には多くの人たちが散策していたのだけれど、武衛門池に下るあたりから人の姿はなかった。ちょっと足を伸ばすだけで清々しい高原の広がりの中に立てるのに、もたいないなあ。
私は数日前に軽く足首を捻挫してしまい湿布をして歩いているが、足を下ろす場所を間違えなければ支障なく歩けるコースだ。怪我をしていなければいわゆる『楽勝コース』という感じかな。ゲレンデまでは年配の人でもゆっくりと楽しみながら歩けると思う。
誰もいない雄大な景色を二人じめできるのは嬉しい限りだが、もっとたくさんの人が楽しめるのになぁ・・・などと思ってしまう。なんと言ってもゴンドラで登れるのだから、楽ちんなのだ。
ま、楽しみは人それぞれ。