久しぶりに青空が広がった。雨が降ったから庭の草が伸び放題。草取りの合間に裏山を歩いて、健康には良いかもしれないがちょっと違うこともしてみたくなる。「今日の青空は高原気分だ」と言うと「高原はどこ?」と夫。
行ってみたいところと言われれば枚挙にいとまはないが、まだ行ったことがないところに行ってみよう。滝が好きだと言う友人と一緒に行こうかと話したことがある妙高苗名(なえな)滝に行ってみようか。以前妙高からの帰りに苗名滝入り口の看板を見つけたので、今日はその道を行く。黒姫の山裾を北上する道だから、帰りは黒姫に寄ろう。以前から気にかかっていた御鹿(おじか)湿原だ。
さて、行き先が決まったので出かけよう。久しぶりの晴れだから大物を洗濯した。洗濯物を干してからなのでちょっと遅い出発だが、山登りではないから大丈夫だろう。
信濃町を抜けて、黒姫高原へ向かう。スキー場の下を通り過ぎて関川に向かって降りていく。関川を渡ったところから川沿いにしばらく登ると広い駐車場があった。車は10台くらい停まっている。カフェやレストランもあって思ったより観光地だ。滝まで15分の看板があるから、スニーカーのまま歩き出す。
すでに轟音が響いているが、これは堰堤から流れ落ちる水の音。吊り橋を渡って向こう岸へ行く。足の下には大きな岩を噛むように渦巻く急流が白い水飛沫を描いている。
「なかなかすごい眺めだねぇ、ナイヤガラの滝か」「ここが苗名滝だと思って帰る人がいるかもしれないよ」などと冗談を言い合っているが、互いに聞こえてはいない。声は轟音に消されている。
吊り橋を渡ると堰堤に上がる階段を登る。結構あるね。横から流れ落ちる水を見ながら堰堤の上に登り切ると、そこから山道になった。湿った深い森、大きな岩が覆い被さるようにそそり立ち、その上にも樹木が絡み付いている。右には関川の急流が見下ろせる。足元には小さな青い花が咲いている。コシジタビラコか、まだ蕾が多いので名前が特定できない。ミズタビラコとの区別は難しく、私は実を見ることでようやく違いがわかるのだけれど。進むうちに幾つか群落があり、なんとか見分けられそうだ。そしてどうやらここにはコシジタビラコとミズタビラコが混生しているようだ。
大きなヤグルマソウの花が開いている。オオカニコウモリはまだ蕾だ。小さな黄色い花はヒメヘビイチゴかな、道の端に続いている。雨の後で湿った道をしばらく登ると前方の木々の影から白い滝が現れた。水飛沫がミストになって広がっている。吊り橋で向こう岸の展望台までいく。吊り橋からは大きな滝の全貌が見える。なかなかの迫力だ。
しばらく滝の前で清涼な空気を楽しみ、再び吊り橋を渡る。対岸の道はさらに山の上に向かって続いているので、ちょっと歩いてみる。苔むした倒木に粘菌ツノホコリを見つけたけれど、登山靴も履いてこなかったのでそれより上には行かず、滝を横に見るところで引き返す。
駐車場のレストラン『苗名滝苑』で、ちょっと早めのお昼を食べてから、黒姫に向かおうか。
往路では通り過ぎた黒姫高原への道を曲がり黒姫童話館へ向かう。何回か訪れたことがある童話館の駐車場に車を停め、今度は登山靴に履き替える。
童話館の前は芝生が広がっていて、目の前に妙高山、黒姫山が聳える素晴らしい展望だ。何回来てもこの広々とした景観に息を呑む。
しばらく景色を楽しんでから御鹿(おじか)池周遊コースへ踏み込む。入り口には立派な看板が立っていて、そぞろ歩く人の姿も見える。散策路の脇の草が刈ってあり、整備されていることがわかる。
右へ折れる道は湿地の跡を感じさせるが、木々が茂っていて湿原は無くなったのか。私が持っている古い案内書には御鹿湿原と紹介してあるが、イメージしていた広い湿原とは違う。しばらく湿地の中を登っていくと御鹿池に出る。激しい雨が降った跡だからか、池の水は茶色に濁っている。残念だがこれもまた自然か。茶色い水に黒姫山が写っている。
遠くカモが浮かんでいる、静かな池だ。木のベンチがあったので、そこでちょっと風景を楽しむ。森は緑濃くなって、初夏の雰囲気だ。春の花は実をつけ、夏の花が蕾を膨らませている。
池を高回りする道と、水際スレスレに続く道があったので、水際を歩いてみる。水の中からすっくと伸びた花菖蒲が綺麗な紫色に開いている。先日所用があって新潟県長岡市に行った際、時間の隙間を利用して『雪国植物園』を歩いてきた。園内の湿原に花菖蒲が群生していて素晴らしかったが、ニッコウキスゲも咲いていてびっくり。ちょっと早すぎないかな。カキランや、イチヤクソウも綺麗に咲いていたが、長野ではこれからだ。
さて、水際から戻り、高巻きの道を行こう。湖畔を左回り(回る中心が左にある)に歩く。上り坂で池から少し離れるが、森の中の気持ち良い道だ。オオナルコユリの蕾がぶら下がっている、その下にはツクバネソウがたくさん咲いている。チゴユリやヒトリシズカ、エンレイソウなど春の花は実になっている。クモキリソウはまだ蕾だ。
しばらく歩いて池の近くになると、コバノフユイチゴの白い花がポツリポツリと咲いている。ショウジョウバカマは花の後の穂をぐんぐん伸ばして、糸のような小さな実を飛ばそうとしている。
あ、ここにもヒトリシズカと思って近づくと、今度はフタリシズカの花が咲いている。花穂は2本のことが多いけれど、なぜかここのは1本だ。花が終わって実になりつつあるヒトリシズカと、丸くて小さなフタリシズカの花はとても似ていて一見同じに見える。だがよく見ると、ヒトリシズカは4枚の葉が輪生していて、フタリシズカの葉は2枚ずつ対生している。のぞき込んだり写真を撮ったりしていると時間を忘れる。
湖畔に立つ三角屋根の四阿で一息入れ森を出る。妙高山と黒姫山の懐に抱かれる緑の空間でゴロリと転がった。体の中まで緑に染まっていくような、大地と一体化するような気持ちよさ。けれど・・・、眩しくて目が開けられなかった。