雨が続く。日曜日に淡竹やら山椒の実やらをお土産にイケさんがやってきて、粘菌の話が弾んだ。体はウズウズしているが、雨が止まないから我慢か。
翌朝、空は雲で覆われているが、午前中くらいは雨粒が落ちてこないようだから、出かけよう。駐車場に車を停めて、公園管理の西澤さんと話していたら、イケさんがやってきた。イケさんは昨日の雨の中も歩いたそうだ。久しぶりに3人で話しながら登る。
雨が続くと人間は喜ばないが、森の草花は嬉しそうだ。たった数日前に見た時には顔を出していなかったシャクジョウソウがあちらこちらに出ている。テングタケも大きな傘を開いている。
そしてお目当ての粘菌もいる。濡れた倒木にはツノホコリが広がって、一面真っ白に見える。近づいてみると、そのツノが半透明に光って美しい。イケさんも大喜びだ。そして近くにぽつりと赤いのはなんだろう。細い管が集まっているようだが、直径4mmくらいのものだから肉眼では見えない。撮影して拡大すると見える。なんと便利な時代だろう。撮った写真をみんなで見せ合って、首をひねる。この小さな赤いのはコモチクダホコリという粘菌の未熟子実体らしい。
雨粒は落ちてこないけれど、湿っぽい空気の中、みんなでゆっくり歩いていく。ツノハシバミの小さな若い実を探したり、サンカクヅルの蕾を見上げたり、森の中はどこもかしこも楽しさに満ちている。
先日見かけたマガタマハンミョウにも会えた。今日は「モデルになってあげるよ」と言うようにしばらくじっとしていたので、カメラに収めることができた。
ウツボグサやトウバナが咲き出した。一足先に咲いていたクモキリソウ。ハナヤスリはそろそろ花の終わりに向かっているようだ。ヒメハギはもう実になっている。花々はそれぞれの時期を選んで咲いている。
そしてなんと言っても粘菌がいっぱいだ。雨が降ると元気になるようだ。あれこれと見たり、しゃがんで撮影しては撮った画像を見せあったりしているうちに正午を過ぎていた。歩きながらお煎餅を食べ、水を飲み、呑気な私たちだが、さすがにそろそろ帰ろうか。
一昨日見たハダカコムラサキホコリをイケさんに見せてあげてから帰ろう。みんなで切り株を覗き込むが見えない。そんなバカな・・・じっと目を凝らすと、見えた。5mmあるかないかのハダカコムラサキホコリはもう胞子を飛ばしてしまったらしい。軸柱は見えるが、その周りには微かに網のようなふわふわしたもの(細毛体)がついている。ライトで照らすとようやく見えるが、肉眼では近づいても見えないくらいだ。一昨日はソーセージみたいだったのに・・・と、その画像も見ながら粘菌の変化の速さに驚く。
藪の中にエビネの花を見つけたけれど、もう花は終わりだった。勝手な人間がどんどん掘ってしまって、今や自然の中に見ることが難しいくらいになってしまった花。私もどこにあったか忘れてしまおう。自然の中で生き延びてくれて、また偶然会えるなら嬉しい。
木々の実も色付いてきた。モミジイチゴのオレンジ色、ミヤマウグイスカグラの赤、ヤマグワは赤から黒へ変わってきた。そしてソメイヨシノの実も黒く光って甘くなった。
一日おいて水曜日、少しけぶるような霧雨の気配の中出かけた。月曜日は山の中に5時間ほどいて、公園管理の西澤さんに驚かれた。雨が落ちてくる直前だったので、公園には私たちとイケさんの車しか残っていなかった。
今日は夕方用があるので、粘菌の変化だけ見て来ようと話しながら出かけた。赤くて小さいクダホコリの未熟子実体がどんなふうになったか気になる。雨っぽい雲の低い日だったので、人の姿はない。濡れた道を登っていくと、前方に誰かいる。雨の日に物好きがいるなぁと思って近づくと、イケさんだった。イケさんも私たちを見て笑う。「どうしてここにいるの?」「今日は雨になるよ」「一昨日の粘菌がどうなったか見ようと思って」「やっぱりな」、同じことを考えているのだ。
みんなで歩き出す。途中いくつも新しいクダホコリが赤い顔を出していた。一昨日見たのは・・・ない?じっくり目を近づけてみると、あった。黒くなっている。驚くほど変化が速い。近くに顔を出していたテングタケも大きくなり、先日開いていたのはもう開き切って倒れている。お茶目なイケさんが食べる真似をする。もちろんこれは毒キノコなので食べられない。
森の中には倒木がたくさん横たわって苔むしているが、近づいてみると、真っ白いものに覆われている。雨あがりの森の中は白い粘菌ツノホコリの仲間がいっぱいだ。タマツノホコリや、エダナシツノホコリなどと、少しずつ違うものらしい。目を凝らすと、白いツノのまわりにプツプツと見えるのは胞子なのだそうだ。この仲間は体の外に胞子をつけるそうだ。
マメホコリもたくさん見つけた。オレンジ色のや、濃いピンク色のや、茶色に変化したもの、そして黒っぽくなったもの、大小さまざまなマメホコリは見るものの笑みを誘う。今日はアイボリー色のマメホコリにも会った。マメホコリは一番多く見ている粘菌だけれど、白に近いアイボリーの姿は初めて見た。一番最初の、生まれたてだろうか。
そしてもう一つ、黒いババロワみたいな形のムラサキホコリにも会えた。艶々と光沢があって、みんなで体を寄せ合っているような姿はこの後の変化を見たくなる。ああ、粘菌探しの裏山散策がやめられない。
最近、粘菌の魅力に気づいたイケさんも発見が早くなった。元々キノコの名人だから目がいい。イケさんと3人で木の陰を覗き、撮った写真を見せ合って「これは粘菌か」「なんという粘菌かな」「まだ未熟子実体みたいだ」「イクラみたいだね」「ピントが甘いかな、もう一回撮ろう」・・・楽しいひとときだ。
歩いていると、登山道に木が倒れているという情報が入った。帰り道をそっちに回ってみて行こうか。イケさんが一人で登山道の整備をしている姿を何度も見た。最初に出会った時も一人で黙々と木を切り倒していた。みんなが頼りにして、イケさんに知らせてくる。私は怪我が心配で一人で作業するのはやめた方がいいと思うけれど、イケさんにはイケさんのルールがあるのだろう。
現場に行ってみると、情報より細い木が道を塞いでいた。イケさんは、「これならすぐだ」と、カバンから鋸を取り出して作業を始める。途中「やらせて」と言う私にほんのちょっと鋸を渡してくれたが、あとは一人でこの倒木を片付けてしまった。
そろそろ出始めたキノコもイケさんに教えてもらった。数本のキノコをカバンに入れて、家に帰ったらキノコ料理だ。