懐かしい。三浦半島の低山は随分歩いたのだが、かれこれ15年ほどご無沙汰しているのではないだろうか。横須賀に用があって訪ねるのをチャンスと、友人の家に転がり込み、一緒に二子山を歩いてきた。最近山歩きを始めたという友人は、とてもビギナーとは思えないフットワークで三浦半島から鎌倉横浜方面までの低山を走破している。
記憶もおぼろな私たちは、友人の案内で逗子から歩いて桜山、南郷上ノ山公園、二子山山頂と巡ってきた。前日まで雨模様、空を気にかけながらの山歩きだったが、幸い1日だけの青空も見えて気持ち良い山歩きとなった。
もうじきお昼になろうという11時の10分ほど前に玄関を出た。逗子第一運動公園を抜け、満開の桜並木道を登る。桜山中央公園は名前の通り桜が満開で、風に煽られて花吹雪が舞っている。公園の向かいに立つ県立逗葉高校には孫が通っていたが、彼が在学中には訪ねる機会がなかった。次年度からは校名が変わるそうだからあと数日だけの校名が記してある門の前で記念写真を撮ってみた。
予定も決めずふらりと出てきたのだが、だんだん青空が見えてきたのを幸いに、もっと先まで足を伸ばそうということになった。一度HAYAMA STATIONに降りてお昼を調達しよう。階段の脇にはシャガが満開だ。薄紫のアイリスも咲いている。もう夏模様か。ふと見ると濃いピンクの花が揺れている、「あ、ウグイスカグラ」。長野の山にたくさん見られるのは花や葉、実にも細かい腺毛が生えているミヤマウグイスカグラ、ここに咲いているウグイスカグラには腺毛がない。
お昼ご飯を購入して南郷上ノ山公園まで登っていく。ここにも桜の木が多く、満開だ。周囲の山々の山肌を彩る白い花模様も美しい。足元にはウラシマソウが続いている。仏炎苞に包まれる付属体の先が糸のように長く伸びて垂れ下がっている。相当に長いので、そっと辿ってみると、先端はクルクル丸まって他の葉などにからまっているものもある。40cmくらいは優にあると思って見ていたが、長いのは60cmにもなるそうだ。
スミレ、キランソウ、ヒメウズなどが色とりどりに咲いている。ふと濃い赤紫のスミレに目を惹かれる。もしや・・・そっと近づいて匂いを嗅ぐ、間違いない、これはニオイタチツボスミレ。甘く爽やかな香りがほのかに香ってくる。友人も鼻を近づけて、うんうんと頷いている。長野に引っ越してからはなかなか見つけられなかったので、ここで再会できて嬉しい。緑の斜面にたくさん咲いている。淡い紫のスミレはタチツボスミレだろうか、濃淡まじってスミレの花畑だ。スミレの仲間はとても種類が多いので、名前が特定できない時には「すみれ」と呼んでしまうのだが、『スミレ』という固有種があるので、総称としては「スミレの仲間」と呼ぶしかない。なんだか面倒臭いが不勉強なので、まだまだそれぞれの名前を呼ぶのには時間がかかりそうだ。
さて桜の花びらが舞い散る下でおしゃべりの花も咲かせながらお昼を食べたので、再び歩こうか。ふと見ると二子山の山頂がすぐそこに見えている。あそこまで行ってこよう。
ゆっくり歩いても汗ばむほどの気温に、山の生き物たちも驚いたのか、途中の崖の穴から蛇が滑り出している。大きな青大将かと思ったが、縞模様が見えているし、目の虹彩が赤いから、これはシマヘビなのかな。近づいて写真を撮ったら気配を感じたのか、ゆるゆると穴の中に戻っていった。まだ外界に慣れていないのか、全身がなんだかヨレヨレしている。でも動き出したら前から滑らかな曲線になって穴の中に入っていった。帰り道で同じところを通ったら、今度は頭だけ出して外の世界を見物と洒落込んでいるようだった。
蛇さんと別れて登っていくと、道端にネコノメソウが群生している。ほとんどが実になっているけれど、まだ黄色い花粉をつけた花も残っていた。雄しべが4本のネコノメソウ。実の形が猫の目のようだからこの名がついたそうだが、その猫の目になって、道の端にずっとどこまでも続いていて、こちらを見ているようだ。
森戸川源流からの道を合流してしばらく歩くと二子山の山頂に到着。波打った地面が広がる山頂には見晴台が立っている。以前に登った時にもあったらしいが、すっかり忘れていた。端の方に三角点があるのでタッチ。ふと見ると、そこには三角点の説明が書いてある。ここはなんと一等三角点だった。
わいわい言いながら展望台に登る私と友人を、呆れたように夫が下から見上げている。その夫の頭上遠くに横浜方面の東京湾が見えている。つばさ橋、ベイブリッジがかすかに見える。首を回すと、三浦半島最高峰の大楠山が近い。そしてその向こう遠くに千葉方面の山々がかすかに見える。ここは太平洋に面しているんだなぁと、しみじみ思う。
私たちが住んでいる長野市はどちらかというと日本海に近い。気候や植生は日本海側と太平洋側の混じり合ったところなのだが、生活は新潟に近い日本海側というイメージだ。ここ逗子葉山の山を歩いているとその違いを感じる。
冬も濃い緑の葉が鮮やかなアオキが、赤い実をたくさんつけている。長野では仲間のヒメアオキが多くみられる。花の盛りには真っ赤に木を彩るヤブツバキだが、もうずいぶん落ちて道端に散り敷いている。長野の山を歩くと、よく似ているユキツバキが多い。土地ごとに違う植物の姿を見つけられるのも楽しい。ハチジョウキブシも満開だ。
山頂からの展望を楽しんだので、戻ろうか。周遊コースもあるのだが、雨の後の山道はぬかるんでグシャグシャになっているだろう。今日は大人しく来た道を戻ることにした。山頂の下の道を歩いていたら、登りでは気づかなかった明るい緑のツル植物が藪の上に揺れている。「あ、サルトリイバラ」と私が言うと、友人が嬉しそうに「これがサルトリイバラ?見たかったの!」と叫ぶ。蕾がたくさんぶら下がっているが、ツルを辿ってみると咲き始めた花も見えた。サルトリイバラは雌雄異株だから、赤い実は雌花の木につく。わずかに開き始めた花は雄花だったけれど、近くには雌花の木もあるだろう。
あっちを見たりこっちを見たり、倒木の下をのぞいて粘菌を探したりしながらのんびり歩いていたら、少しずつ雲が広がってきた。風も強くなってきたからか、桜吹雪が一段と華やかになる。急いで帰ろうか。
友人の家がすぐそこにというところでぽつりと水滴が落ちてきた。明日の天気予報は雨、やはり落ちてきたか。
数えるほどの雨粒に送られて玄関に入る。心尽くしのアシタバの天ぷらをいただいて幸せ。翌朝は、久しぶりに会うお母様とも楽しい時間を過ごせて、嬉しい山旅の締めくくりとなった。