花粉が飛ぶ季節、マスクをしてメガネをかけていてもくしゃみや鼻水が止まらなくなる夫の希望で駒弓神社の駐車場まで車で上がる。山道を歩くのは楽しいけれど、町の中を歩くのはそれほどでもない私にも否やはない。
冬の間雪に埋もれていた山の斜面に、そろそろ粘菌が活動し始めるのではないかと期待しながら、駒弓神社に挨拶して登り始める。
孫と登ってから十日ほど経つ、このわずかの間にダンコウバイが輝き始めている。森の中にも黄色い広がりが見えている。こんなに沢山あったのかと思わせられる。花が終わると他の木々に紛れてしまうから、木々に詳しくない私にもダンコウバイの存在がわかる嬉しい季節だ。
しばらく登っていくと、立ち枯れの木の端に黄色い毛糸のようなものが揺れている。道の脇は土が崩れて足場が悪い。立木につかまって体を持ち上げてみるとどうやら粘菌らしい。「ウツボホコリの仲間でしょ」と言うと、夫は「これはキウツボホコリだね」と言いながら、この仲間の青いウツボホコリを見てみたいんだけどなぁと呟く。
まだまだ小さいウツボホコリを残して先へ進む。
パワーポイントまで上がるが、町は霞んで見えない。街並みはうっすらとした灰色に沈んでいるが、向こうの山の稜線はくっきりと浮かび上がっている。遠く浅間山も見えている。空気の層が上下に分かれているのだろうか。
森の中には木々の花がいち早く膨らみ出している。暗紅色の房がぶら下がっているのはツノハシバミだろう。黄色いのはキブシだろうか。足元にはフキノトウが明るい若草色に膨らんでいる。シュンランはまだ蕾だけれど、膨らんで縞模様が見えるようになってきた。春は確実にやってきて、長い冬の眠りから山の目覚めを促している。
粘菌はまだあまり見つけられない。秋から冬にかけて活動し、胞子を飛ばした後らしく、お疲れ様でしたという状態のものが見られる。休眠状態らしいものもある。これから暖かくなり動き始めるのだろうか。
活動を終えたようなものは、変形体や子実体と呼ばれるものに比べて美しさには欠けるかもしれないけれど、そこに確かに生きていたことがわかるから、見つけられれば嬉しい。とても小さいものが多いから、なおさらだ。
私たちは山頂でコケの仲間を観察してから前方後円墳の方へ向かった。粘菌だけでなく、キノコも活動を終えて土に帰ろうとしている。木の幹にしがみついたまま、カビが生えている蝉の抜け殻も自然に帰っていく途中なのだ。生き物が変化していく姿を見ることができるのは四季を通じて山に入ってこそだと思う。もちろん町の中、庭を眺めるだけでも観察眼を持っていればさまざまな発見があるのだけれど。場が変わることでようやく緊張感を持てる、ボンヤリ者の私には山歩きは良いチャンスなのだ。
前方後円墳を通って、旧バードランに出る。空の広がりをあおいでから再び森の中に入って、六号古墳に向かう。倒木が多く、愛護会の人たちが整備しているけれど、しきれない数の木々が森の中に倒れている。この荒れた森にはキノコやカビが沢山活動している。そして、キノコやカビを食べる粘菌ももちろん活動しやすい環境だろう。
見つけやすいマメホコリはもちろん、ムラサキホコリ、ヌカホコリやハチノスケホコリなども活動していた。だが、それらは夏の終わりから秋冬にかけて活動する粘菌たちだ。まだ春の粘菌は動き始めないのか。時間をかけて、倒木の影を覗きこんで歩いたけれど、新しい粘菌は見つけられなかった。
「残念だねぇ」、「いや楽しみがこの先いっぱいあると思えば・・・」負け惜しみの会話をしながら、お腹も空いたしそろそろ帰ろうか。
私たちの周りをヒオドシチョウが戯れあっているようにクルクル回りながら飛んでいる。じっと見ていると、日向ぼっこをするように地面の石の上にとまる。ゆっくりと羽を広げたり閉じたりしながら春の日を謳歌しているようだ。冬の間どこで寒さを凌いでいたのか、羽が痛んでいる。この季節ひだまりに羽を休めるヒオドシチョウやルリタテハなどを見ると「頑張ったね」と声をかけたくなる。
まだ枯れた色の森の中にエゾユズリハの緑が輝いている。その艶やかな緑の輝きからは「春だよ」という声が聞こえてくるようだ。