食欲はあるし、体も動くけれど、どこか喉や鼻が不調だという夫と、温泉が大好きという孫と意気投合して、温泉へ行こうということになった。私が、海の向こうに北アルプスの山並みが見えるという景色を見に行こうと提案、夫と孫共通の「海の幸が大好き」とも合致する。行き先は富山湾の向こう側にある氷見(ひみ)温泉。
北陸新幹線に乗れば富山まで1時間ほどで着く。そこからさらに電車を乗り継いでいくが、さらに1時間もかからず行けるらしいから、思ったより近い。
早速切符を取り、宿を予約する。孫と3人で温泉旅なんて、滅多にないことなのでワクワクする。いや、考えてみれば、自分たちだけだって温泉旅などというのにはほとんど出かけない。指折り数えて・・・片手で余るくらいか。
楽しみにしていた当日、長野駅から10時21分発『はくたか』に乗って旅が始まった。まずは窓外にJR車両センターを見て、夫がカメラを構える。新幹線のスピードではピントを合わせて撮るのが難しい。トンネルを越えてしばらくすると右手に日本海が見えてくる。しかし、それもすぐ再びトンネルに消える。富山の平野に出ると左手にアルプスの白い峰が見える。期待にワクワクして新高岡駅まで行き、ここで城端(じょうはな)線に乗り換える。たった一駅3分の赤いディーゼル車。新高岡駅は街を外れたところにあるのか、城端線の駅は改札口も扉がない。そのままホームに上がると、目の前に一組のレール、上り電車も下り電車もこのホームに止まるそうだ。
高岡駅は大きく、賑やかだった。ホームを渡って、氷見線に乗車。終点の氷見駅まで6駅に停まっていく。赤い車体が華やかに海辺をトコトコ走る。
途中の雨晴駅あたりでは、青く澄んだ海が見下ろせる。そしてその海の向こうにまだ白く雪を被った北アルプスの山々が連なっている。春霞のうっすらとしたヴェールが降りているが、険しい三角の剱岳も白い台形の立山連峰も見えている。海岸線には人がたくさん連なって、みんな山の方を向いているのがおかしい、車窓からは人々の背中が並んで見える。
氷見駅に到着したのは12時半、海鮮の美味しいお店もあるようだから、ここでお昼にしよう。私たちはうろ覚えの氷見の地図を頭に描き、駅の前を歩き出した。しばらく歩いたが、店が見つからないので、近くで何か作業をしていた男性に聞いてみた。ちょっと歩くけど、うまい魚を食べたいなら・・・と、教えてもらった店に行く。
地元の人が行くお店らしく、安いがうまい。タコや白エビの唐揚げ、蟹味噌など、好きなものをお腹いっぱい食べて、満足、満足。
駅まで戻ったところで、ホテルの送迎バスに乗せてもらう。ちょっと高台にあるホテルからは濃いブルーグリーンの富山湾が見下ろせる。海鳥がたくさん飛び交っている。そして遠く高いところに白いアルプスの峰が浮かんでいる。
さぁ、眺めを堪能したら、目的の温泉に入ろう。40分間貸切のジャグジー風呂が無料で予約できたから行ってみよう。男二人は裸になって窓から外を眺めているが、私は、写真だけ撮って部屋に戻る。温泉の写真を撮ることはなかなかできないから、貸切はいい。
風呂上がりの彼らを残して、私は一人で大風呂へ。時間が良かったのかお風呂は空いていて、露天風呂を堪能した。風呂の脇には桃色の椿が咲き、紅梅が緑の湯の上に散って風情がある。
窓からのんびり富山湾を見下ろして、白いアルプスの峰を指差す。剱岳、立山連峰、左に海へ落ちていく峰の最後の白い高まりは白馬連峰のあたりか。
今回の夕食は舟盛りのお刺身付きというコースだったらしい。らしいというのは、予約する時にあまりしっかりプランを見ていないからだ。夕食会場へ行ってみて驚いたことにアルコール類が飲み放題だった。日本酒の瓶がずらりと並んでいる。焼酎、ビール、ワインなども、そしてもちろんノンアルコールも充実している。セルフサービスというので、早速男たちが生ビールを注いできてくれる。乾杯だ。
話には聞いていたけれど、やはりお刺身が美味しい。カルパッチョ仕立ての前菜も玉ねぎの辛味と魚の旨みが溶けあって美味しい。甘エビやツブ貝、ヒラメは孫の好物、目が笑っている。
せっかくの飲み放題だけれど、夫は体調を考えて微妙に節制、私は、日本酒はいただけないので赤ワインを。孫は日本酒の味は好きと、一つ選んでみる。そして「うまい」と言いながらも、一種だけ。たくさんは飲めないのだ。眺めているだけでいい・・・なんて、いいお客さんかしら。
しっかり食べて、朝風呂にも入って温泉旅を満喫。翌朝、窓の外を見ると、朝日が登る中を漁船が帰ってくる。その周りを今日の漁獲はいかがかなと聞いているように海鳥が飛び交う。
私たちは帰り支度をする。送迎バスで氷見駅に送ってもらい、高岡まで行くことにする。高岡駅の観光案内を見て、行き先を決める。日本三大大仏と紹介されている高岡大仏に会いに行くことにした。
大仏様は優しいお顔だったが、ちょうど頭上真後ろに太陽が眩しかった。胎内を一周すると、干支の鐘があり、私たちはそれぞれの干支の鐘を撞いてみた。音色が違うと説明されているが、その違いはあまりよくわからなかった。
大仏様の前をさらに進み高岡古城公園に行く。梅林が見頃と聞いたからだったが、古城公園はとても広く、ようやく辿り着いた梅林は想像していたほどの樹林ではなく明るい山の上の手入れされたこじんまりした梅林だった。
種類の違う梅の木がそれぞれの花を開いている、いかにも日本庭園という空間は梅の香りに満ちていた。
帰りは路面電車の通る道を歩こう。ちょうど走ってきた万葉線の路面電車を間近に見送り、高岡駅に着く。
来る時は新高岡まで新幹線に乗ったが、帰りは富山から乗ろうと話していた。高岡から富山までは「あいの風とやま鉄道線」が通っている。30分ほどの乗車で富山に着くラインだ。乗ってみたら、学生がとても多い路線だった。途中駅に学校がいくつかあるのだろう。異なる制服の男女が乗ったり降りたりして、車内はいつも混み合っていた。
富山駅から新幹線に乗って1時間ほどで長野に帰り着く。乗り換えの合間に路面電車がやってきたと、夫は喜んでカメラを構える。
帰りの新幹線も混んでいて、3人並びの席は取れなかったが、長野の先で混んでくるのか、車内は思ったより空いていて、1時間はあっという間だった。
長野駅前でちょっと遅めの昼食に美味しい蕎麦を食べて、楽しい温泉旅は終わった。
氷見の漁港を描いた油絵「氷見にて」F100 (m.k. 2011年作)