寒波が強いそうで、雪が続いている。その雪が凍りつかないでザクザクと積もっている。スコップで掘れば、地表の雪は溶けている。長野に引っ越して10年近く経つが、降り積もった雪が氷の板にならないのはなんだか不思議だ。地球の表面はやはり温まっているのだろうか。
雪が積もっていても裏山散策は楽しいのだけれど、雲が多くて絶え間なく雪片が落ちてくる時には出かけようと思わない。降る雪の中を歩くほど酔狂ではない。日常の雑用をこなしながらかつて歩いた山の話などをする。
伊豆半島の屋根とも言われる天城山を縦走したのは秋も遅くなってからだった。アシビのトンネルが面白かった。長野には生育していないかと思っていたが、アシビの木はいろいろなところに植えられている。ただ、みんな2メートル以下の低木で、天城山の山道を覆うようなイメージは湧かない。
渋滞を予想して、6時半には家を出た。それでも伊豆スカイラインを通って天城山の登山口に着いたのは10時を過ぎていた。途中、スカイラインの鹿ヶ谷駐車場で一回休憩しただけだけれど。
車を降りて靴を履き替え、歩き始めから深い森の中。四辻を左に、万二郎に向かう。登るにつれ苔むした岩が斜面を覆うようになる。稜線に出ると富士山が見えてくる。万二郎の肩の明るいところで腰を下ろす。夫はノートを開き、富士のデッサンをする。どこから見ても美しいコニーデ型の独立峰だが、見る方角によって山頂のラインが異なる。伊豆から見る富士山は少し傾いたようなてっぺんに緊張感がある。
しばらくデッサンを楽しんで、10分ほど歩くと万二郎岳の山頂に着いた。12時だったがお腹が空いていないので先へ進むことにする。一回降って、天城山の最高峰万三郎岳へ登り返す。降ったところから振り返ると、もっこりとした万二郎がなんだか可愛らしく見える。アシビの森が続き、その独特な樹影に目を見張りながら歩く。くねくねと折れ曲がったような枝が重なり合っておとぎの国に迷い込んだようだ。それにしても花の季節には訪ねる人が多いのだろう、道がえぐれて人の背丈ほども窪んでいる。アシビは小さな壺型の花が房になってぶら下がって咲くけれど、それほど華やかなものではない。天城山の人気は、やはり百名山だからだろうか。えぐれた道の上に橋のように倒れかかっている木があったので、恐る恐る押してみたがびくともしない。それならばと座ってみた。こんなことをしちゃいけないよねと思うのだが、木はびくともしない。このまま横になって大きくなっていくのだろうか。
鞍部に降りて登り返す。山道の端にカンアオイの花を見つける。この花を見つけると嬉しくなる。天城にはアマギカンアオイという種が生息するはずだけれど、見つけたのはどうもカントウカンアオイのようだ。
緩斜面に差し掛かり、ブナの明るい森になったので、おにぎりを食べることにした。あっという間に時間が過ぎて、1時半になっていた。のんびりおやすみタイムを楽しんでから「石楠立(はなだて)」を過ぎ、万三郎に向かう。石楠立は名前の通り石楠花の木が多いところ。花の季節にくれば綺麗だろう。夫は鼻に指を立てておどけて見せるが、その鼻ではありません。
シャクナゲとアシビの森を越えて、万三郎岳1406m山頂に到着。花の季節にはたくさんの人が訪れるようだが、冬のこの季節には人もいない。二人だけの爽やかな山頂をしばし楽しむ。
さて、ここから今来た道を戻るか、一気に谷筋へ降りるか。車で山へ入るとどうしても往復同じ道になってしまうことが多い。せっかく周遊コースがあるのだから違う道を行くのがいいだろう。ちょっと暗い谷への道だけれど、苔むす斜面をぐんぐん降りていく。枝振りの面白い木が多い山だが、このコースは一段と大きな木が聳えている。私の冒険心はすぐくすぐられ、枝振りの愉快な木を見つけると登ってみたくなる。
万三郎から尾根を先へ進み、縦走路と分かれる。右へ降りていく道はシャクナゲコースというらしい。ぐんぐん降りた後は山の北斜面を巻くようにクネクネと進む。薄暗くなってきた深い森の中の道を黙々と歩いて4時半に車に到着。帰りは箱根新道を回って帰ったけれど、冬の日はもう隠れて景色はあまり楽しめなかった。夜8時前に家に帰り着いた。