長野県民になってかれこれ10年が経過しようというのに、いまだに冬になると関東が恋しくなる。雪の量はそれほど多くないが、凍りついた山道に花はなく、寒風が吹くと心まで悴んでくるようだ。
なんて、言うほど縮こまっているわけでもないのだけれど。雪が少し乗った山肌は自由に歩けるし、花はないけれど枝の先に残った木の実や、早くも膨らみ出している冬芽を観察して歩くのも楽しい。最近は粘菌の観察にも興味を惹かれている。この季節の里山歩きが楽しくないわけではない。
ただ、時々温かい山道をのんびり歩いた関東の山が懐かしくなる。
当時は仕事が忙しかったので、山歩きもなかなか思うようにはできなかった。少しの時間を見つけて行ってくることができそうな低山歩きも多かった。
湯河原の幕山を目指したのは、大好きな梅が見頃と聞いたからだった。そして、標高は低いけれど、直立する岩場があって、岩登りの技術を磨こうとする人たちが集まる所という。
前の日も遅くまでバタバタしていたから、ゆっくり9時頃に家を出た。東名高速から小田原厚木道路を走り、西湘バイパスに降りて国道135号線を進む。驚いたことに幕山公園の駐車場がいっぱいで約1時間待ってしまった。
公園の駐車場に車を停めて、歩き始めたのは11時50分、もうお昼ではないか。しかも空は厚い雲で覆われ、今にも雨粒が落ちてきそうだ。だが、せっかくきたのだから、山頂を目指そう。
梅の香りが気持ち良い。木によって咲き具合が違うのが面白い。重いのではないかというくらい満開になっているものもあれば、蕾が多いものもある。遠くまで広がる梅の木は紅白様々で奥行きがある。
見上げる幕岩にはたくさんの人が取りついている。岩登りの聖地とか言われるそうだが、確かに垂直の岩には魅力を感じる。でも私たちは、岩登りは見るだけ。梅林の中を登っていく登山道に進む。
しばらく登っていくと、人が集まっているのが見える。どうしたのだろうか。近づいていくと、どうやら転んで怪我をした人がいるらしい。数人のパーティの一人が動けなくなって横たわっている。下から救助隊の人が登ってきたようだ。うろうろしていても邪魔になるだけだから、軽く挨拶して先へ進むことにした。
低山と侮るなかれということか、ひどくぬかるんでいるわけでもないけれど、石が転がっていたり木の根が張り出していたり、山道は舗装路のように一様ではない。転んでしまった人も山慣れしているようだったが、一瞬の油断が事故につながるということを思い知らされる。大きな怪我ではないように祈る。
約1時間で山頂に到着。時計を見ると1時10分。ここでちょっと遅めの昼としよう。おにぎりをパクリとするかしないかというところでポツリ、水滴が当たる。とうとう雨になってきた。
計画は幕山山頂から奥へ回って沢沿いの道を歩いてこようというものだったが、雨模様の道をぼそぼそ歩くのもつまらないので登った道を戻ることにした。でも山頂周辺を一周してみる。残念ながら見晴らしはない。真鶴半島が見えるはずだったのになぁ、残念。
梅の香りだけでも楽しもうと花の中をうろうろしているうちに雨は落ちてこなくなった。嬉しい。空中の水分はたっぷりでも水滴が落ちてくるか来ないかで雰囲気は随分違う。雨が上がるとうっすらだけど真鶴半島も見えてきた。
梅の花を楽しみながらゆっくり降る。ジグザグの登山道は水を吸ってやはり滑りやすくなっている。気をつけて行こう。標高六百メートル余りでも事故が起こることがあるのだから。登りで見た人はどうしただろう。無事に治療できるところに着いただろうか。
滅多に出会わないことだから、どうしても話題にのぼる。怪我がひどくないといいねと話しながら公園まで降りてきた。
梅が見頃を迎えた幕山公園にはちょっとばかりの出店が設えられている。もう一度梅の花を見て回ってから、「梅ソフトクリーム」を味わうことにした。旅をしているとご当地味のソフトクリームが色々見つかって、楽しみにしている。
梅のほのかな香りのソフトクリームを味わってから駐車場に戻る。湯河原を出発したのは3時前だったのに、国道135号線石橋の大渋滞にはまってしまった。ずりずりと進んで家に帰り着いたのはもう5時になっていた。近いはずなのに遠い山登りだった。