雪の予報は当たらず、青空が広がっている。暮れからの用が残っていて遠出はできないけれど、運動不足が体に堪える。気がつくと夫がおにぎりを作り始めた。
「今日は茶臼山へ行ってこよう」
「粘菌探しかな」
もちろんと頷きながら、おにぎりが二つ出来上がる。晴れてはいるけれど、冬の山は侮れない。着る物、おやつなどを急いで準備する。
冬の間は閉園している植物園から入っていく。車道には綱が貼ってあるが、脇の歩道は開いている。下の恐竜公園からの散歩コースになっているらしく、何人かの人が歩いている。
私たちも足跡を辿って植物園の中を登っていく。温かい日差しに、雪が溶けてきた。散策路の脇にはニシキギの実、カンボクの実が赤く光っている。そして、カマキリの卵がとても多い。カマキリが高いところに卵を産む年は雪が多いとか。我が家の庭に見つけたときは、今年は多いとか少ないとか話していた。ところが、ここでは高いところにも地面のすぐ上にも、いっぱいあるではないか。「カマキリ気象予報士も個体差があるんだ」などと軽口を叩きながら登っていく。
植物園の中を登って、柵を通り抜けると登山道になる。登山道に入ると、雪が増えた。しばらく歩いて雪に半ば隠れた倒木の影を覗き込む。いた、いた。
雪に降られても活動をしている粘菌がいる。ここにはどうやら3種類の粘菌がいるようだ。夫は早速接眼レンズをつけて撮影開始。粘菌はとても小さいので、地面に膝をついてカメラを構える。濡れないようにビニールを敷いているが、冷たさは防げない。 趣味の世界とはいえ、なかなか大変だ。
冬の間も活動する粘菌の種類は限られるのかもしれない。それともただ単に私たちの行動範囲が狭いだけか、晩秋から冬にかけて見つけた粘菌は、数種類しかない。まぁ、それでも見つけると嬉しくなるのは素人科学者故と自覚している。
最初に見つけたのはオレンジ色が目立つハチノスケホコリ、子実態の頃は黒っぽくて目立たないが、胞子を飛ばして動き始めるとオレンジ色が綺麗になる。そして近づいて見るとその周りにヘビヌカホコリ、キンチャケホコリの姿もある。ヘビヌカホコリはヒモが絡まったような黄色の姿でわかりやすい。初めて見つけた時、ドイツのパン「プレッツェル」みたいだと言って笑われた。でもほんとによく似ている。形によるけれど。
それはともかく、さらに見ていくと、プツプツとクリーム色のイクラのような塊の周りに黄色い綿埃を乗せたようなものが見える。これはキンチャケホコリというらしい。
とても小さい粘菌、しかもあまり一般的ではないものを言葉で説明するのは難しい。映像で見ればすぐわかるのに・・・。昔の人が「百聞は一見にしかず」と言ったのはこういうことか。
日向の雪面はそろそろ溶けてぬかるみ状態だが、森の中はまだ凍っている。さほど長い登り道ではないが、注意していこう。山頂への訪問は後回しにしてアルプス展望台に向かう。残念ながら、山頂部には雲が被っている。だが、南の方を見ると槍ヶ岳が綺麗に見えている。小槍が影になって奥行きがある美しい姿だ。
それにしても例年より雪が少ないのではないだろうか。もっと真っ白に見える頃だと思われるが。日本海側の大雪のニュースは最近だけれど、アルプスの雪はまだ少ないようだ。
しばらく眺めてから山頂を目指す。アルプスの雪は少ないようだと言ったが、ここ茶臼山の雪は多いかもしれない。山頂も真っ白だ。
杉や桧の葉も、実も、雪の上に落ちて模様のようになっている。
針葉樹の森は日差しが少ないので、寒い。長居は無用と、降り始める。
途中、藪道に入ってみる。藪が元気な春から秋には歩けない道を歩くのはこの季節の楽しみだ。すると、大きな倒木にまたまたたくさんの粘菌がいた。スリーシーズンには入りにくいところにも、探せばたくさんの生き物の姿を見つけられることはもちろん想像できること。花だってきっとたくさん咲いているだろう。藪に入るのはもちろん大変なことだし、一方で自然の摂理を壊してしまいたくないという思いもある。だが、里山はこれまでも人の暮らしと共にあった所だから、無茶をしなければいいのかな・・・。
たくさん見つけたムラサキホコリに向かって独り言を言いながら、粘菌探しの山歩きをおしまいにした。
そうそう最後は、植物園のポカポカ陽だまりでおにぎりを食べる。小鳥の声を聞きながら食べるおにぎりの味は格別だ。