遠くの山にはうっすらと白いヴェールがかかっているけれど、近くの里山はまだ秋の名残を残している。このところ雲が多い湿った日が続いたが、久しぶりに太陽が眩しく暖かい。
朝、髻山の中腹まで粘菌の変化を見に行って、そのまま足を伸ばして三登山へ登ることにした。リュックにはおにぎりが入っている。
髻山から山道を辿って三登山山頂を目指すこともできるのだが、ここは意外と長いコースだ。今日は出かけたのが遅かったうえ、粘菌の観察に時間をかけたので車で坂中峠まで行くことにした。初めて三登山へ登ったコースだ。
三登山の北側をぐるりと回っていく。坂中峠は昔の北国街道の脇街道として賑わったそうだ。現在主要道は坂中トンネルを走るので、峠まで登る車は少なく、展望公園は枯れ草で覆われているのが寂しい。
峠に車を置いて歩き始める。三登山には何機ものアンテナが立っているので、管理用の車道が稜線まで続いている。林道歩きはつまらないことも多いが、二人並んで話をしながらゆっくり歩けるのは嬉しい。
森の姿を目にとめながら歩いていく。冬芽がそれぞれの形に膨らんでいる。赤い色や褐色のもの、茶色いもの、薄緑の大きな芽はホウノキだ。
ほとんど葉を落とした森に、木の実が縮こまってぶら下がっている。あちらこちらにミヤマガマズミと思える赤い実が陽差しを受けて光っている。
のんびり歩いて番所跡との合流点に着く。ここからは南斜面を横に歩く。ポカポカと陽が当たる気持ち良い散歩道だ。
一登りすると大きなアンテナの立つ稜線に登りつく。脇に並ぶように立派なホウノキが立っている。アンテナの脇は切り開かれて、木のベンチが作られている。陽だまりで気持ち良い。風景を見下ろしながら小休憩。
下に広がる善光寺平は青くかすみ、その向こうの山々はかすみの中に姿を見せている。若穂太郎山、尼厳山、奇妙山などの善光寺平を取り巻く里山の輪郭が浮かんでいる。それぞれの山に登った時のことなどを思い出しながらしばらく眺めを楽しむ。
さて、山頂まで行ってこようか。稜線の森の中をいく。ここからの道はほとんど平坦な道だ。落葉樹の森だから、空が透けて見える。足元には落ち葉がふかふかに積もっている。
山頂から、さらに三角点まで足を伸ばしてから戻る。さっきの気持ち良いベンチでお昼にしよう。
ところが、落ち葉に埋もれた倒木に目をやったら、粘菌に会ってしまった。見つけた私はキノコかと思った。夫に「面白いキノコがいるよ」と声をかけると、「どれどれ」とやってきた夫が「これは粘菌だ」と言う。さすがに毎日図鑑を見ているだけあるね。
家に帰って調べたら、この粘菌ジュラドロホコリは壊れやすく、すぐなくなってしまうので見つけにくいのだそうだ。まだ活動している姿を見ることができたのはラッキーだった。
周囲には、キノコや粘菌らしいものなど、やはり小さな不思議な生き物がたくさんいた。しばらく森の中で観察を楽しんでから陽だまりに向かった。
おにぎりを食べながら町を見下ろす。行きに通った時より霞がはれている。「あれ、車両センターが見える」と、夫が嬉しそうに立っていく。しばらく見ていたら、新幹線も通ったそうだ。
善光寺平を取り囲む山は、どこへ行っても電車が見下ろせるみたいだ。鉄ちゃんの夫にとってはいい山だね。
ポカポカ陽だまりで大きな自然の中にぬくもっていると時間を忘れる。霞が少しずつはれて、善光寺平の向こうに遠くの山々が浮かび上がり蓼科山も見えてきた。八ヶ岳連峰の右端にぽっこり盛り上がっている。
さて、景色も堪能したし、のんびりしたし、そろそろ帰ろうか。斜面を横に這うように続く登山道と並行して稜線上には林道が通っている。落ち葉に埋もれた道は歩きやすそうだ。途中から林道に入ってみる。頭上にはノリウツギの花のあとが残り、その影に小さな実が揺れている。
枝先に黒い実がぶら下がっているのは何だろう。弾けて小さなつぶつぶが見えている。今まで見たことがないと首を傾げるが、目に入っていなかっただけかもしれない。何度山に登ってもそこには発見が待っている。だから山に入らずにはいられない。 のんびりのんびり、森の空気を味わいながら車に戻った。