日中の気温は上がるが、朝は冷え込む。麓から見上げる山の錦はまだ華やかだが、山の中を歩くと空の面積が広がっている。梢の木の葉がなくなっていく森を見上げながら山道を行くと、はらりはらりと木の葉が踊る。まだもう少し、あと少し、と言いながら山に行く。そしてある日、雪が来る。
雪が来る前に粘菌を探してこようという夫の言葉に、山歩きの準備をする。
「どこへ行くの」「車に聞いてみて」。
北の山へ行くか、西の山へ行くか・・・話しながら出発し、車は西へ向かう。目指すは陣場平山。先日遠くに見える陣場平山を見ながら、もう一度行ってみたいねと話していた。裏山に比べると標高が高いので、冬の訪れは早いかもしれない。
国道19号線を西へ向かい、七二会(なにあい)で右折して山道に入っていく。しばらく登って行くと七二会小学校と七二会中学校がある。かなり急坂を子どもたちは登下校のたびに歩くのだと感心する。
さらに登って、矢口駐車場に車を止める。ハイキングコースの看板が立っている。数台は停められるスペースに今は我が家の愛車だけ。 歩き始めの登山道はぬかるんでいる。落ち葉に埋もれるようにして歩く。三十番観世音の案内があり、石仏が立っている。登山道の傍に祀られている観音様は年月の重みを感じさせられるお姿で、倒れたり重なるようになったりしているのもある。黙礼をしながら進む。
大きな岩が立ちはだかるところには地蔵岩の看板が立っている。登山道にも岩がゴロゴロしていて、積もった落ち葉に埋もれているのもあるから気をつけて行こう。
見下ろす谷の紅葉は日差しを受けて華やかだが、山頂近くのカラマツはすでに見頃を過ぎて、ただひたすら散り急いでいる。茶色になった葉が糸のように落ちてくる。
カラマツが増えてくると林道に飛び出す。駐車場もある地蔵峠はそこからすぐだ。地蔵峠からは目の前に高妻山が凛と立っている。汗びっしょりの夫はポカポカ日の当たる峠で一息ついた。濡れた服を着ていると冷たい風で体が冷える。ポカポカ陽だまりの中で着替える。今日、何回目の着替えだろう。濡れたTシャツと長袖シャツを干していこう、帰りもここを通るから。その時までには乾いているだろう。
さて標高1143mの峠から1257m三角点のある山頂まではもうあまり登らない。森の中の緩やかな道だ。風あたりもおだやかになって気持ち良い散歩道だ。
一等三角点に到着。三角点には「+」のマークがついているが、ここの「+」は矢羽根になっている珍しいものだ。記念撮影をしてから先へ進む。森の中の頂は見晴らしがないので、先の陣場平山の家まで行く。階段が崩れかけた高床式の山の家の中にはテーブルがあり、一時は青少年の会合などもあったのだろうか。今は来る人も少なく寂しい雰囲気だ。
でも、この家の前の広場からは飯綱高原が広く見渡せる。右に大きな飯縄山、中央奥に黒姫山と妙高山、そして左にはゴツゴツした峰の戸隠連峰を従えた高妻山、雄大な山々の裾野が赤く染まって美しい。
今日はここでおにぎりタイムにしよう。またもや着替えて、シャツを干しながらのんびり過ごすことにする。
周囲にはヨウシュヤマゴボウの実が紫に熟れ、マムシグサの実がツンツン立っている。ノコンギクやリュウノウギク、ゴマナも花はほとんど終わり、残り花が寂しそうに揺れている。ヒメジョオンもまだ僅かに咲いている。
しばらくのんびり過ごし、今度は北の林道に降りてのんびり地蔵峠まで戻る。道路はカラマツの落ち葉が絨毯のように積もっている。前を行く夫が「おっ」と指差す。道の脇に大きな糞が置いてある。これはクマさんみたいだね。良かった、鉢合わせしなくて。糞の状態は時間が経っているけれど、崩れてはいないから、それほど前のものではなさそうだ。
心もち声を大きくして話しながら、歩く。
「あれっ」、今度は私が指差す。「あの実は何?」。頭上に差し掛かるように伸びた枝に、ポツリポツリとぶら下がっているどんぐり状の木の実。まだ緑色のものも黄色く色づいたものもある。
これはマタタビの実だった。猫が好きという実だ。茶色っぽく熟れたものは発酵臭がして美味しそうだ。どこにでもありそうなマタタビだけれど、実際は沢沿いなどに多くてじっくり見られない。
時々カラマツの向こうに広がる景色を眺めながら歩き、地蔵峠に戻る。ここで干しておいた服を取り込み、さて帰ろうか。再び粘菌を探しながら、のんびり山道を降りる。