秋も深まってくると、装った山の懐でのんびり過ごす時間の幸せを感じる。年を重ねて体力が落ちてきたこの頃は、一段とその時の貴重さを実感する。若い頃には知らなかったキノコや粘菌の世界にも興味が広がったのは、大きく素早く動くのが難しくなったことも遠い原因かもしれない。
いずれにしろ楽しみの世界が広くなったことは嬉しい。これから春までの山歩きは菌類の花を求めて歩くことが多くなるだろう。
何度も訪ねている山でも季節ごとに姿が変わる。毎日のように同じ山に登る人もいるが、その気持ちも分かる。自然の深さ豊かさは奥深く広い。欲張りな私たちは、毎日同じ山とは言えず、あちらこちらの山を時々訪ねている。長野市の南にある茶臼山は地滑り地帯の危うさもありながら、里山として古くから愛されてきた山だ。
この日は崩れて低くなってしまったという有旅(うたび)茶臼山の入り口に車を置いて歩き始めた。もう標高はずいぶん上がっているから、あまり登りはない。ゆっくりじっくり粘菌を探しながら歩こうという計画だ。しかも空は青く澄んでいる。こういう日はアルプスが綺麗に見えるだろう。午前中の日が当たるうちにアルプスを見に行こう。
歩き始めたら、藪の枯れ枝からツルがぶら下がっている。アオツヅラフジ、カナムグラ、ヘクソカズラなど、どこにでもある蔓草だが、ふと見るとカラハナソウの小さなホップも揺れている。カナムグラもカラハナソウも和製ホップとも呼ばれる実をつける。実は似ているが、葉の形が違う。そしてその間にポツリポツリと二つずつ並んでいる茶色い実はムカゴだ。思わずムカゴ収穫に取り掛かってしまう。
先にアルプスを見に行こうよと言われ、ここは帰りに寄ろうと再び歩き出す。
急な登りをひと頑張りして森の中を進むとアルプス展望台に着く。針葉樹が多い森だが、それでも森は明るくなった気がする。落葉樹の葉は黄色や明るい茶色になり、ハラハラと散っては山道を染めている。
展望台からは雪化粧を始めたアルプスの峰々が目の前だ。足元には今年の仕事が終わった田んぼが広がっている。美しい山里の風景だ。
白馬三山、唐松岳、五竜岳、鹿島槍ヶ岳、続く山並みはいつ見ても息を呑む。私たちはしばらく山を眺めて過ごした。
さて、これからは足元の小さな世界に目を向けようか。倒れた木が濃い青緑色に染まっているのが見えるじゃないか。これは怪しい。
近づいて木の隙間を覗くとやっぱり綺麗な青緑の小さなキノコがポツポツ見える。ロクショウグサレキンだ。雨が降ればもう少し成長するのだろうけれど、まだとても小さい。
黄色い小さなビョウタケも見つけた。赤紫色の小さなキノコは半透明で綺麗だ、ムラサキゴムタケか。他にも小さなキノコが倒木にしがみついているが、キクラゲの仲間かチャワンタケの仲間か、あるいはピンタケの仲間かもしれず、見分けるのは難しい。
あちらこちらと寄り道しながら山頂まで登る。見晴らしが良いのは季節のせいばかりではないのかもしれない。伐採したのか、倒木なのか、倒れている木が多いのだ。倒れている木の周りにはキノコや粘菌、そして苔やカビが繁殖している。自然の営みはミクロの世界でも活動的だ。その一部をそっと覗かせてもらおうと、ルーペも使ってしゃがみ込んでみるのだが、なかなか厳しい小さな門だ。
立ったり、しゃがんだり足の運動をしながらひたすらゆっくり降りる。途中腰に籠をつけた男性に会ったが、「キノコは少しだけ」と言って降りていった。小さなキノコはたくさん見たが、食べられそうなものにはあまり出会わなかった。私たちはムカゴで楽しもう。
朝見つけたムカゴの下にはハナタデと思えるピンクの花がたくさん咲いている。アカツメクサなど、冬が近くなっても咲いている花に会うとなんだか嬉しい。
そして、帰りにちょっと寄り道をした。夫は前から気になっていたらしい、カフェ。展望の良い有旅の高台に開店したというお店は軽食もあったが、日曜だからか混んでいた。私たちは、美味しそうなケーキをテイクアウトして帰ることにした。今日は家で優雅なティータイムを楽しもう。