遠くの山には初雪の便り。高原などの紅葉が見頃になっているだろう。ブナの黄葉を見たいと思いながら、数年見逃していた。どこがいいかなぁ。
夫が地図を広げている。覗いてみると妙高方面の登山地図だ。「この辺りはブナ林だと思うんだ」と指差しながら言う。
ブナの森の明るい黄葉は爽やかで美しいと思う。なかなかその最盛期に山へ行けないのだが・・・。
妙高の笹ヶ峰高原には初夏の花の季節に訪ねたり、春まだ雪の残る頃訪ねたりしているけれど、紅葉の季節には歩いたことがない。行ってみよう。
長野から国道18号線を北上、関川を越えると新潟県だ。最初の信号を左折、杉野沢温泉方面へ向かう。冬にはゲレンデになる広い斜面はススキの穂で真っ白になっている。山道をぐんぐん登っていく車窓から見事な紅葉風景が広がる。「綺麗だねぇ」「来てよかったね」。
途中、牧場を見下ろせるところに車を停めてしばし風景を眺める。目の前には雪をいただいた焼山。豊かな秋色に染まった牧場の風景は日本離れしている。焼山の手前にはこれから目指す笹ヶ峰が見えている。目指す笹ヶ峰は1545mの一つのピークだが、この広々とした牧歌的な高原も笹ヶ峰と呼ぶからややこしい。
車は急坂をどんどん登って、牧場の脇を進む。マダラ模様の牛と黒い牛がそこここに固まっている。そろそろ外は寒いのではないだろうか。雪が積もる頃にはどこかの厩舎に行くのだろう。
牧場を越えて少し進むと妙高山、火打山の登山口になる。広い駐車場には笹ヶ峰キャンプ場の看板が立っている。林道はさらに先へ伸びて、小谷温泉まで通じているそうだ。未舗装の細い道だが、結構車は通る。この車たちはどこまで行くのか、興味はあるが、私たちは歩いて先へ進む。
途中黒沢を渡って15分ほど進み、右の遊歩道へ入る。周囲の森は輝くばかりの紅葉だ。白樺に巻き付いているツタウルシは真っ赤に色づいている。道の脇にはアキノキリンソウ、ワレモコウ、ノコンギクなどの秋の花が咲いている。
遊歩道は広く、落ち葉が積もってふかふかの道。足が大地に吸い込まれるような感触だ。何回も小さな沢を越える。沢には丸太が渡してあるが、雨が降ったら滑るだろうな。赤や黄色の木の葉の隙間から今日の斜めの日が眩しく差し込んでいる。片手では足りない数の沢を越えてちょっと広い湿地に着く。ミズバショウの葉がたくさん枯れて倒れている。花の頃にここまで来てみたかったねと、思わずつぶやく。
ここを越えると道は急になってくる。周り中見事な錦繍、誰にも会わないのが不思議なほどの美しさだ。笹ヶ峰一帯があまりにも広いからか、あれほどの車の往来で、人々はどこへ消えていったのだろう。この小さな山へ登る人はいないようだ。
見事な紅葉につい上ばかり見て歩いていたが、ふと下を見ると落ち葉の敷き積もった道端に青い光が動いている。昆虫だ。美しい青い虫、何だろう。触覚だと思われるところにコブコブがついているように見える不思議な虫。なんだかヨロヨロ歩いている、寒くなってもう元気がないのだろうか。後で調べたらヒメツチハンミョウらしい。ハンミョウの仲間だから光沢があるのか。
道端に転がっている木の破片からは緑濃いとても小さなキノコが顔を出している。ロクショウグサレキンだろう、もっといっぱい出ているところを見てみたいものだ。
森の中のさまざまな命を楽しみながら急坂を登り、稜線に出る。ここからがまた長かった。丘の散策くらいに思ってやってきたからか、急な登りが続いて予想外に奥深かった。
しかし苦労の甲斐があったというもの、山頂は見事な黄金の空間。ついに人には全く会わなかった。三角点にタッチして黄金の部屋でおにぎりを食べよう。風が冷たいけれど、爽やかな青空の下、気持ち良いひとときだ。夫が着替えたシャツは周りの木の枝に干して、私たちはしばらく山頂の憩いを楽しむ。
おにぎりを食べて30分ほどのんびりしていたが、だんだん風が冷たくなってきた。降ろうか。急な山道だから杖を持って来ればよかったねと話しながらゆっくり降りていく。道の脇に折れて転がっている枝を持ってみる。丈夫だ、杖になるね。長い枝はちょっと曲がっていて仙人の杖みたいだ。
ふかふかに落ち葉が積もった道は足を受け止めてくれるから、急な坂も思ったより楽だった。遊歩道の終わるところで枝を山に返し、車に戻った。