晩秋から冬にかけての見晴らしが良い時に登ることが多い茶臼山。その茶臼山の山麓にブルービーや、長野ではまだ見たことがないハンミョウが生息すると知った。三浦半島に住んでいた頃は毎年見ていた美しい光沢のあるハンミョウが、長野にもいると言うからには会ってみたいものだ。
春から夏にかけては賑わうだろう茶臼山植物園も、草丈が伸びて、蔓草が茂り出すこの季節にはほとんど人がいない。
新しい駐車場に車を停めてゆっくり園内を巡ることにする。ハンミョウは『みちおしえ』とも呼ばれ、人の行く先へ先へと飛んでいく。だが、今日の『みちおしえ』はうす茶色の猫だった。痩せた猫さんは、後ろを振り返りながら少し先を歩いていく。時々何か狩りをしながら草叢に消え、また現れる。草藁にはアカツメクサが満開で、大小さまざまな蝶や昆虫が舞っている。だが、ハンミョウは見つからない。
私たちはゆっくり植物園の中を回り道しながら歩いて、茶臼山への山道に至る柵に行き当たった。ここは植物園の最上部になる。今日は昆虫探しが目的だったから山に登るかどうかは決めてこなかったが、当たり前のように柵を開けて山道に入っていく。
道の両側にはミズヒキが一面に揺れている。白い花穂のものが圧倒的に多い。薄いピンクの花も混ざっている。「ここのミズヒキ、ずいぶん色が薄いね」「大群落だ」と話しながら歩いていくと、真っ赤な花が出てきた。赤いミズヒキを見ると安心する。ミズヒキは一見真っ赤に見えるが、花が咲くと中に白い部分が光る。その紅白の姿が名前の由来だと言うから、やっぱり赤いのがミズヒキらしい。
クズやアレチウリなどの蔓草がはびこっている下には、ナンバンハコベのかわいい花も咲いている。クサギの花はもう終わりで、実がふくらみ始めている。沢の近くにはツリフネソウが赤い提灯をぶら下げたように揺れている。
森の中を登っていくと、アキノギンリョウソウが群れ出て、重そうに白い花を俯けている。周囲には菌の匂いがする。雨が多かったからか、至る所、落ち葉を持ち上げるように大きな白いキノコが顔を出している。稜線に出る前の急坂には両端にボコボコと並んで生えている。これはツチカブリというキノコかな。
茶色い大きなキノコもいくつかあるがみんな名前はわからない。形もそれぞれだ。
倒木にはみっしりと小さな茶色いキノコが生え、濃い緑の苔との対比が鮮やかだ。その脇には粘菌も活動範囲を広げているようで、秋の森は菌類の大繁殖だ。
アルプス展望台に到着したが、雲が覆っていて残念ながら展望はない。足元の信里地区の田んぼは黄色く稔り始め、里山の風情が気持ち良い。木の枝のベンチに腰掛けてしばらく風景を眺める。汗ばんだ体に塩煎餅が美味しい。
しばらく休んでから山頂へ向かう。ヒノキやスギなどの針葉樹が多いけれど、広葉の落ち葉もたくさん積もっている。地面には緑がほとんどなくて、茶色一色だ。山頂まで「一面茶色だね」「キノコもあんまりないね」などと話しながら登る。だが、降りながら周りに目をやると、あるある、いろいろな形のキノコや小さな緑。大雑把に見る目と、いろいろなことに気がつく目と、同じ目なのにどうして違ってくるんだろう。「目が慣れたのかな」と、夫がぼそっとつぶやく。そうかもしれない。杉の枯れ葉から生えたようなキノコが面白い形で群がっている。とっても小さいものもある。
登りには気が付かなかったフサタケの大群落もある。杉の葉の間から栗のイガが転がっているように顔を出している。
花はあまり咲いていないけれど、キノコは大豊作だ。森の中には食べられるキノコも多いのかな、豊かな里山なんだろう。
私たちはさまざまな形のキノコを見つけては「わぁ〜」と歓声をあげながら植物園に戻った。幸い山には私たち以外の人の姿はない。 さて、来た道とは違うところを散策しながら『みちおしえ』を探して行こう。しばらく歩いたら、朝の猫さんが現れた。先へ先へと歩いていく。時々振り返りながら行くから、やっぱり今日の『みちおしえ』はこの猫さんらしい。
駐車場近くの展望台に降りてきたが、目指す虫には会えなかった。展望台から遠く志賀の山並みを眺めてしばらく休む。暑くなく、寒くなく、気持ち良い山の風が優しい。
「きた!」。
そう、夫が楽しみに待っていた新幹線がやってきた。在来線もあるのだが、遠く、建物の影になるので見えにくい。新幹線が走るのを眺めてから、私たちは帰路に着いた。