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木が歌っている 縞枯山 2403m(長野県)

2019年11月1日(金曜日)


朝から眩いばかりの青空が広がっている。夏の終わり頃から行こうと話していた北八ヶ岳を目指すことにした。みょうが味噌漬けにぼたんこしょう味噌漬けを加えて、ちょっぴり辛味のきいたおにぎりを持って出発。

北八ヶ岳ロープウェイには、『ピラタスロープウェイ』と呼んでいた頃から何度か乗っている。冬はスキーに、そして北横岳登山に。

地図:北八ヶ岳縞枯山周辺

photo・1999年3月
1999年3月

当時は関東から中央自動車道を走ってきたが、長野市民になった今は、八ヶ岳の反対側から向かうことになる。夫が調べて、湯の丸から県道40号線を通っていくことにした。大門街道(R152)や、メルヘン街道(R299)を走ったことは何回もあるが、その間の県道40号線を走るのは初めてだ。

東部湯の丸インターで上信越自動車道をおりると、ひたすら南へ向かう。立科町でR142を横切る頃から、山の中の一本道風の景色になってきた。道路のすぐ脇を川が流れ、先日の台風19号の爪痕はここにも残っていた。押し流された石がゴロゴロと道の脇に転がっている。水の中をぶつかりながらゆっくり流れてきた時間を物語る大きな丸い石だ。

photo・2002年12月
2002年12月

さらに進むと、道端の一軒家が泥に半ば埋もれている。一段高いところにある母屋らしき建物は無事なようだが、道沿いの作業場らしいところにはひしゃげた機械もあり、水の力の怖さを語っているようだ。


道は思っていたより緩やかに登っていく。広い高原に出て、牧場も近い頃だろうか、平坦な林の中を道はまっすぐ続いている。白黒のネコがお使いに行く子どものように、道端の草の上を歩いている。厳しい冬はどうやって過ごすのだろう。


女神湖を右に見ると、ビーナスラインに入り、一気に登って北八ヶ岳ロープウェイの山麓駅に着く。家から2時間30分。

photo・北八ヶ岳ロープウェイの山麓駅
北八ヶ岳ロープウェイ山麓駅

ロープウェイ乗り場は木調を活かした外観に花を生けた植木鉢が並び、スイスのツェルマットにも似た爽やかさだ。すっきりしていて気持ち良い。私たちは早速乗車券を買って山頂駅を目指す。


ロープウェイの中からの眺めが素晴らしい。足元に紅葉の裾をひく蓼科山を左に、南八ヶ岳の大展望が右に。目を遠くに向ければ、北アルプスの稜線、乗鞍岳、御嶽山、中央アルプス。さらに遠く、北岳がピンと聳えている。甲斐駒ヶ岳、仙丈ヶ岳を従えて、雄者の風格。

7分ほどで山頂駅だ。ロープウェイには、私たちより年配の男女も乗っていた。杖をついてゆっくり歩いている。山頂駅から広がる坪庭の散策道は木道が敷いてあり、足が弱い人でも大展望の散歩が楽しめる。こんなところもスイスアルプスを思い出させる。様々なコースと乗り物が整備されていて、体力がない人でも大きな自然の中に浸ることができる。


photo・縞枯山荘
縞枯山荘の前で

さて、私たちは坪庭の端をまっすぐ東へ向かう。道は岩山の間を縫っていく。霜柱が木道の脇を白く彩っている。水たまりには氷が張っている。目の前がパッと開けると、三角屋根の縞枯山荘だ。冬に美味しい味噌汁をいただいた山荘に立ち寄るのを楽しみにしていたが、なんとお休みだった。残念。

山荘の前を進むと雨池との分岐、雨池峠に出る。ここからは登りだ。ひらけた笹原をあとに、森の中を登っていく。岩がゴロゴロしていて歩きにくい。八ヶ岳らしい、暗い針葉樹の森の中は一面苔で覆われている。

ゴロゴロ岩をまたぎ、超えながら登っていくと、「筋肉痛になりそうだ」と、夫。「お腹もすいた」。2時間半ものドライブをしてきたのだから、お腹も空くかもしれない。登山道脇の倒木に腰かけて早お昼を食べることにする。

photo・岩がゴロゴロしている縞枯山への登り
岩がゴロゴロしている縞枯山への登り

坪庭には観光客がたくさんいたけれど、縞枯山荘の方に入ってからは誰にも会わない。静かな森の底で、のんびりおにぎりを頬張る。

しばらくすると、下から白髪の男性がゆっくり登ってきた。挨拶して私たちの前を同じペースで登っていく。「この道を登っていく人がいたね」と、夫と話す。「誰もいないのかと思った」。

私たちもゆっくり休憩したので、再び歩き出す。ひと上りで、縞枯山頂。ここは狭く、木が育っていて、あまり見晴らしはない。二人で記念撮影をしていたら、とても大きな荷物を背負った男性が登ってきた。その人は山頂の標識をカメラに収め、ほとんど立ち止まりもせず、稜線を歩いて行った。南八ヶ岳の方まで縦走するのだろうか。


山頂から稜線を少し歩くと右に見晴らしが開ける。正面に御嶽山。左手には赤岳を主に南八ヶ岳の山陵がボコボコと空に突き出すように見えている。シラビソ、オオシラビソ、コメツガなどの針葉樹が、およそ100年の周期で枯れていくというしまがれ現象で有名な山域だけれど、縞枯山を越えると、その枯れた森の真っ只中に入る。今日は風が強く、立ち枯れた森の中を一段とものさみしく吹き抜けていく。

photo・木が歌っている縞枯現象
木が歌っている縞枯現象

ふと、誰かの声が聞こえたような・・・。ん?あれは・・・木だ。木が歌っている。

風に揺れた木と木がぶつかって鳴る音だとはわかっているが、高く低く、時折長く響く声は木が歌っているようだ。



Video:木が歌っている? 34秒

立ち枯れの森を越え、茶臼山への分岐を右に見て少し奥に入ると、目の前に岩山が現れる。巨岩がゴロゴロ重なっている。縞枯山展望台、2387m。岩をよじ登ってその上に立つと、360度の展望だ。今日は最高。近くの八ヶ岳連峰の峰々はもちろんだけれど、裾野に広がる錦秋の佇まいは格別だ。遠くのアルプスは少し霞んできたか。日が天井に登って大気が眩しくなってきた。

photo・縞枯山展望台1
縞枯山展望台1

photo・縞枯山展望台2
縞枯山展望台2

シラビソ、オオシラビソなどの緑濃い木々と、赤茶色の落葉樹の紅葉が対比して美しい。いつまでもいたいと思うが、帰りのロープウェイの時間もある。しばらく二人きりの岩山を楽しんでから、のそのそと帰ることにした。


茶臼山分岐を下る。急な岩ゴロ道をしばらく下ると、左に茶臼山への登山道を分け、こちらは巻道を坪庭に向かう。ひらけた笹の原からは縞枯山の縞模様がよく見える。3段から4段に重なっている白い枯れ木の層がよくわかるのだ。

photo・縞枯現象
縞枯現象

この道もゴロゴロ石が多い。歩きにくい道がしばらく続く。暗い針葉樹の下の道は苔むしていて、登山道はえぐれて荒れている。ここでまた一人の男性に会った。軽いザックを背負った若い男性は、さっさと私たちを追い越して行った。


しばらく下ると、五辻に突き当たる。ここからは坪庭まで少し登り返さなければならない。ところがこの道は、ほとんど木道が敷かれていて、緩やかな傾斜の上り道だった。

淡々とした木道を登っていく。誰にも合わない。疲れ気味の私たちも口数が少なくなってきた。冬のコースはどこだろうねと左右を見るが、深い森の中、南八ヶ岳の峰々を目の前にして滑り降りるコースの見当がつかない。

えっちらおっちら登るうちに何やら機械音が響いてきた。「あれはロープウェイのモーター音じゃない?」「どうやら坪庭が近いみたいだね」。

しかし、音が聞こえてからさらに緩やかな上りが続いて、ようやく視界が開けると、笹原の向こうに坪庭の岩山が見えた。着いた、着いたと、朝歩いた道をロープウェイの山頂駅に向かう。

ロープウェイの出発まで時間があったので、山頂駅の展望台に立ってみることにした。風が強いので寒いかと思ったが、太陽の光が体を包んで、それほど寒さを感じない。

photo・コケモモソフトクリーム
コケモモソフトクリーム

ふとみると、Caféにコケモモソフトクリームの看板がある。甘いものが欲しいのは、ちょっぴり疲れているからだろうか。歩いてきた山道の脇に小さなコケモモの葉がたくさんあったねと話しながら、ソフトクリームを一個購入。二人で半分こして食べる。コケモモジャムが甘酸っぱく、体に染み込んでいくようだ。


ロープウェイからは傾いた日差しの中に八ヶ岳の赤茶色に広がっている裾野を見下ろす。すぐ眼下に白いお尻が揺れて、シカが何頭も歩いているのが見える。観光客用に流されているロープウェイ内のアナウンスでは、3つのアルプスを皆見ることができると言っている。確かに。7分の空中の散歩、空いているので、左右の展望を満喫して山麓駅に滑り込んだ。

夏と違い、帰りが早いようで、駐車場の車はずいぶん減っている。私たちは駅内のお店で作っているというパンを買い、車に戻った。


朝と同じ道を帰る。白樺湖のスキー場に来たとき停めた駐車場、女神湖などを数えながら来た道を戻っていく。蓼科牧場を越えて、広々とした大地上の森の中の一本道に入ると、いた。白黒のネコが一匹、トコトコとお買い物の帰りかな。でも、朝と同じ方向に向かって歩いている。朝晩の見回りなのかな。今は夕方の見回りですか?ご苦労様です。その優雅な歩き方がせせこましい私たちを超越しているようで、夕日の中に輝いていた。




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