山梨に住む友人がブナ林の黄葉を見たいとやってきた。2年前に一緒にカヤの平を歩いたことがある。黄葉には少し早く、うっすらと色づき始めたブナ林が美しかった。ナナカマドやウルシはすでに赤く染まって笹の濃い緑とブナの薄い緑の間に彩りを加え、華やかだったのを覚えている。
今年の夏は猛暑、そして9月に入って一気に気温が下がった。黄葉も早いのではないかと計画したが、10月初旬の天気予報はしぶり気味。この日しかないと、彼らは朝早く山梨を出てきて、そのまま山へ向かう。我が家では一服しただけで、楽しい歓談は夜までお預け。
国道18号線に出て中野へ、中野の有料道路から国道403号線を北上。「いつかここを走っていたらキジが飛びだして来たんだよ」などと賑やかに話しながら行く。山梨から中央道、長野道を通って来た彼らは、「長野の山の松枯れがすごいねぇ」とびっくりしていた。何度も来ているから新しい情報ではないけれど、通るたびにその山の姿に驚くという。
竜王、木島平を過ぎ、ぐんぐん下って樽川を渡ると右に折れ、山道に入っていく。あとはただただひたすら登る。
いつもはほとんど車が走っていない道路なのに、今日は大型車とすれ違う。工事しているのかなぁなどと首を傾げながら登っていくと、道の両側の木々が伐採されている。林業の車だったようだ。大木が切り倒され、積み重ねられている。何回かトラックとすれ違った。林業が活発になるのは良いことだと思うけれど、狭い道で大型車とすれ違うのはドキドキする。それは大型車の運転手も同じ気持ちだろうけれど・・・。
ドキドキしながら登ってようやくカヤノ平の駐車場に着いた。午後からは雨になるかもしれないという予報だったが、青空が見えてきて、私たちは大喜び。
期待していた黄金の森にはまだまだ早かったが、足元にも、木の枝にも、小さな実が光っている。
しばらく歩いて、森の真ん中でおやつタイム。ブナの明るい森の中は気持ちの良いサロンだ。誰もいない山道、草の上に座り込んで、おせんべいをボリボリ食べる。頭の上では鳥がさえずる。こういうのを至福のときと言うのだろう。
お昼は奥の北ドブ湿原で食べようと、再び歩きだす。この季節にはまだ花も残っているかと思ったが、笹の根元には茶枯れた葉が倒れているばかり。ところが森の中心部を抜けて北ドブ湿原への傾斜地に出たら、足元にスミレ!びっくりだ。白い小さなツボスミレが咲いている。ほとんどの草花が茶色く枯れている中で、咲いたばかりの純白の花。そして笹の奥から突き出した枝には白い小さな花の塊、ツルシキミに見えるが、今頃?まだ咲いているのかな。斜面一面に広がるエゾアジサイは綺麗なブルーの色を残したままドライフラワーになっている。アジサイの下にはカメバヒキオコシが最後の花をつけていた。尻尾のある葉の形が独特で覚えやすい。
季節を間違えたような花は咲いていたけれど、キノコはとても少ない。雨も多く湿り気があるのに、今年はキノコの外れ年かしらと、首を傾げながら北ドブ湿原の入り口に到着。 湿原は草紅葉に彩られている。広々として気持ちが良い。木道の脇にニッコウキスゲの実がツンツン立っているのも面白く、こちらもツンツンつつきながら歩いていく。湿原のタムラソウや、ウメバチソウはもう終わっている。どこまでも褐色の世界だ。 美しい湿原を突っ切って、奥の傾きかけた四阿でおにぎりを食べる。それぞれの家の味。トマトやブドウ、漬物も座を賑やかにする。食後にはお煎餅やチョコレート、塩黒糖の甘みも嬉しい。
おしゃべりをしながら食事をしていると次第に雲が広がってきた。予報は雨だったから、降られる前に帰ろうと、来た道を戻ることにする。ブナの大木はいつ見ても心が落ち着いてくる。周りの空気が澄んでいるのだろうか。太いブナの木をバックに記念撮影をしようかと互いにカメラを構え合う。
1枚目は、「ハイチーズ」と私と夫が二人並んだ後ろでふざけていた友人だが、その後は素直に隠れたかな。いや、木の陰に隠れたつもりの友人に、「お腹が見えているよ」と笑う。実はわざとやっているよね。ちょっぴりのぞいている姿に、「とてもブナの妖精には見えませ〜ん」と明るい笑い声が響く。陽性だけれどね。
楽しく話しながら歩いていると、突然梢がザワザワっと揺れた。パラパラっと雨粒。慌ててカッパやポンチョを羽織り、傘をさすが、雨粒はいっときだった。
森の木々に挨拶し、駐車場に向かう。カヤノ平の牧場にはまだたくさんの牛たちが草を食んでいる。柵の外に首を伸ばしている姿が面白いと、友人が草をちぎって差し出すが、牛さんは「人がくれるものはいらないよ」と言うように向こうへ行ってしまった。友人は「嫌われちゃった」と苦笑い。
牛さんたちにもサヨナラをして家路につく。夜は久しぶりの友人たちとの宴。楽しい時間が賑やかに過ぎる。袴岳、鍋倉高原・・・長野近辺のブナの森を数えながら、いつか黄葉を見に行こうと盛り上がる。
もう20年以上も前だけれど、カヤの平のブナの葉が黄金色に染まっていた写真を引っ張り出してみる。こういう景色を見に行くはずだったのにね・・・。
ちっぽけかもしれないが、またねとうなずきあえる幸せが元気の素になるような気がする。