今年の冬は雪が少なく、過ごしやすいと思っていた。ところが、3月の後半から、4月に入っても雪が降り、寒さもぶり返した。桜の開花も遅れ、楽しみにしていた山の花々もずいぶん遅れているようだ。裏山には何回か足を運んだが、4月も後半になったので、そろそろ少し遠くまで行ってみようかということになった。
虫倉山には春と秋、2回登っている※。少し時期をずらせば山の花も違う姿を見せてくれるだろう。雪解け直後の山にはどんな花が姿を見せてくれるだろう、楽しみだ。そしてもう一つ、虫倉山には楽しみがある。北アルプスの大パノラマが目の前なのだ。
※ 山歩き・花の旅 11 虫倉山、 山歩き・花の旅 57 虫倉山 2
長野市の隣、小川村から山道を登ると、遠回りにはなるが、アルプス展望台があり、快晴の今日はやはり何人もの人が大きなカメラを3脚に据えて狙っていた。
私たちもまずはご挨拶と、車を降りて撮影する。けれど、今日は1日快晴の様子、多分山頂からはもっと素晴らしい眺めが得られるだろうと、先を急ぐ。長野市から虫倉山の登山口まで行くのに、小川村を経由するのはかなり遠回りのように思えるが、まず展望台からの眺めを楽しんでいこうという欲張り心なのだ。
虫倉山の虫は蛇を表すもので、水神信仰の龍を意味するとのこと。乾燥した山が多い長野市にあっては珍しく、周囲に沢の多い山だ。里人の信仰を集め、大切にされてきた山らしく、幾つもの登山コースを持っていた。しかし2014年の長野神城断層地震で山頂部分が大きく崩壊してしまったために、今は不動滝コースのみとなっている。
小川村から中条へ続く山道をくねくねと走り、少しひらけた太田の集落に出ると山姥の像が立っている、『虫倉山道しるべ』の小屋がある。小屋の前を左に折れ、不動滝の駐車場までさらに林道を登っていく。駐車場にはトイレがあり、ここで足元を整えて歩き始める。さすがにまだ4月中旬の平日、私たちの他には誰もいない。
まずは不動滝に挨拶して行こう。迫力のある滝を見上げると、中段に赤い色の岩が見える。あれ?よく見るとお不動さまだ。あんなところに祀ってあるとは・・・、これまでに2回来ているけれど、気がつかなかった。そうか、前に来た時は新緑と紅葉の季節、木の葉が茂って、隠していたのだろう。季節を変えてくると発見があるなぁ。
不動滝の脇から、針葉樹の森を登り、滝の上部に出る。あとは雑木林の中をゆっくり登っていく。登り始めると、アズマイチゲがポツポツとうつむいている。日が差さないと開いてこない。帰り道のお楽しみだねと話しながら登る。しばらく登ると、日当たりの良い斜面、純白のアズマイチゲが見事に開いている。ジグザグに折り返しながら登る道みち、アズマイチゲに挨拶していく。他の花々はまだ芽吹いたばかり、足元を見れば、昨年の木の実がたくさん転がっている。頭上にはキブシがすこ〜し花穂を色づかせ始めている。青空に映えて踊っているようだ。
金倉坂を登りつめ、稜線が近くなると高福寺分岐、そこから右に急坂を登ると空平の四阿の屋根が見えてきて、ワクワクする。そして一気に目の前に広がる北アルプスの大展望。初めてきた時には地震で崩れた四阿の屋根が地面を覆っていたが、昨年再び訪れた時には再建されていた。
春なのにくっきり見えているアルプスの展望を堪能した。いつまでもゆっくりしていたいけれど、山頂からも展望が楽しめるから、そろそろ出かけようかと話していると、男性が一人登ってきた。立派なお髭が目立つ。四阿に到着して目をあげると、「お〜っ」と歓声をあげる。やっぱりね、みんな同じだ。
早速カメラを出している男性に「お先に」と言葉をかけ、稜線を山頂に向かう。北斜面にはまだ雪がたくさん残っている。まだまだ山の上は春の声が遠いみたいだ。
最後の雪の急斜面を登ると山頂。北アルプスの南方までよく見える。
四阿から目の前に見えていた北部の鹿島槍ヶ岳、五竜岳、白馬三山は木立の向こうになるが、更に北に目をやると、荒々しい岩の戸隠連峰が圧巻だ。真っ白な妙高山、独立峰のどっしりとした黒姫山。やさしい飯縄山が、いつも見ている善光寺平からの姿とは違う佇まいを見せている。
4月とは思えないポカポカ暖かい山頂には、冬を越したヒオドシチョウも日向ぼっこをしている。厳しい冬を成虫で越してきたらしく、羽の先がボロボロになっている。羽の模様が緋縅(ひおどし)の鎧に見えるのでこの名前がついたそうだ。昔はあちこちの山城にたくさん飛んでいたのだろうか。
のんびり眺めていると、四阿で会った男性が追いついてきた。一緒にアルプスの展望を楽しみながら山座同定をする。新潟の津南から、アルプスの眺めがいいからとやってきたそうだ。「誰もいないと思ってきたのに、やっぱり人気の山なんですねぇ」と立派なヒゲを震わせながら笑う。しばらく話して、私たちは一足先に『一服むしくら』まで降りる。
初めて来た時に立ち入り禁止のロープを張っていた作業員さんが一服していたところ、そこまで行くとアルプスの北の山々がよく見える。
ここでおやつを食べ、至福の眺めを堪能しながら、まさに一服する。私たちが一服している間に、ヒゲの男性は降りて行った。これから津南まで帰るのだろうか、初めて来た時も長岡ナンバーの車の女性に会ったっけ・・・新潟の人に人気があるのかな。たわいもない会話をしながら、私たちもゆっくり腰を上げた。
下りになると、足に負担が大きいからということもあるけれど、どこか名残惜しい気がしてゆっくりになる。小さなスミレや、アズマイチゲの一つ一つに目を配りながら、来た道を歩いた。