秋、秋、秋、読書の秋、食欲の秋、芸術の秋、スポーツの秋・・・秋という季節に、人は自分を大きく包み込むような優しい気持ちになれるのかも知れない。それは自然がゆっくり休みの季節に入るような静かなたたずまいを見せてくれる季節だからかも知れない。
じつは秋から冬、自然はむしろ闘いの準備を始めているのかも知れないのだが・・・。
11月になって、私たちも芸術の秋を堪能した。映画、バレエ、クラシック、豊かな芸術の世界に魂が浮遊して、自分までもその高みに引き上げられるような感覚に酔う。
そしてふと、また目が覚めたように山の道を歩きたくなる。
その日は晴れそうだと、少し前から夫が言っていた。秋晴れの空は澄み渡って遠くの山を近づけてくれる。なかなか登ることができないアルプスの岩壁を美しく見せてくれるから、遠望のきく山へ行きたくなる。
夫はあれこれ候補を上げて地図を広げていたが、前夜胃痛で眠れなかった私はうわのそら。それでも山の木々に囲まれた道を歩くことを思うと、元気が湧いてくる。幸い、胃痛は治まっている。食べ物がこってりしているとストを起こす私の胃だけれど、痛みが治まれば後は絶食あるのみ。今回は痛みが短かったから、日中食べなければ大丈夫と診た。
遠出はやめて散歩コースにしようと、長野の南に位置する茶臼山を歩いてくることにした。
山に登らない人でも茶臼山動物園とその隣の恐竜公園を知らない長野市民はいないだろう。茶臼山はその奥のピークで、標高730m。
動物園や恐竜公園は茶臼山自然公園という広い公園の一部で、その中には自然植物園もある。孫や子連れの友人と一緒に動物園や恐竜公園で遊んだことはあるが、奥まで足を伸ばしたことはなかった。
車をいつもの動物園北の駐車場に置き、歩き出す。自然植物園の中はていねいに草が刈られ、日の光がいっぱいだ。ホトケノザやオオイヌノフグリが春と間違えて花を咲かせている。
恐竜公園の上部から自然植物園に入り、花の季節には賑わうだろう藤棚をいくつも通り抜けて山道に向かう。茶臼山一帯は地すべりのあったところだそうで、様々な対策がとられているようだ。大きな地図があり、集水井戸などの施設の説明が書いてある。地すべりによってできた大きな崖には約600万年前の地層が露出しているとのこと。
新幹線から見える白い崖は茶臼山、中尾(なこお)山の東に位置する凝灰岩の崖で、海底火山だった頃にできたものが隆起したそうだ。約700万年から800万年前、長野市辺りは海の底だったそうだ。
あまりに遠い昔のことは頭の中に置いといて、周りを見てみよう。イノシシが多いそうで、公園には金網の柵が巡らされている。私たちは扉を抜けて山道に入る。山は一面落ち葉の海。道がどこか分からないくらい積もっている。足が喜ぶ。
道路も近いと思われるが意外に静かな山道を二人でポツポツと話しながらゆっくり登る。深い森の中、緩やかな斜面が広がり、気持ちよい空間だ。旗塚への道を分け、しばらく登ると右へ分かれる茶臼山山頂への標識がある。針葉樹が増え、暗いけれど、広葉樹の落ち葉も敷き積もる混淆樹林らしい。山頂はすぐ。残念ながら見晴らしはない。
長居は無用と、一本松方面にわずかに進むと展望台がある。北アルプス北部が目の前に立ちはだかる。まさに壁だ。白馬三山はもうかなり白い。秋の日を浴びて耀いている。この素晴らしい風景を見れば、あの山に行って見たくなるのは当然。唐松、五竜、鹿島槍、そして爺から針ノ木、蓮華と続く山々が一目。少し右に森の中に入り、木々の間からななめに左奥を見ると槍がそのいただきを天に垂直に突き上げている姿まで見ることができる。
私たちは心尽くしの丸太の椅子に腰掛けて、しばらくアルプスを眺めていた。
さてどうしようか、まだ時間は早い。中尾山まで行ってみようか。登山道入り口に置いてあったトレッキングマップ(長野市、茶臼山トレッキングコース愛護会)を見ると、一本松まで緩やかな道が続くらしい。中尾山の表記はないが、他の地図で見たところ一本松より先のピーク。気持ちよい落ち葉の道をしばらく歩くと一本松。雪洲神社が祀ってあり、記念樹の松が植えられていた。昭和の中ごろまで旅人の峠の目印となっていたアカマツがあったそうで、2代目となるのはどのくらい先になることやら・・・私たちの背丈の半分くらいのかわいらしい記念の松だ。
茶臼山や中尾山は、豊かな山だったらしく入会権に関する争いが繰り返された所だというから、近隣の村の人たちに大切にされてきた里山なのだろう。
一本松を後にして、小松原コースをさらに進む。中尾山らしいピークを脇に見ながらどんどん行くと広い樹林帯の中の道になった。緩やかな下りが続く。もう東電の鉄塔だね、中尾山は過ぎちゃったね、と来た道を引き返すことにした。
中尾山への登り口らしい標識などは見つからなかったが、辺りは落ち葉に埋もれた斜面。どこでも道になる。二つのピークに登り、ゆっくり探したけれど三角点や山名標識などは見つけられなかった。でもきっとどちらかが中尾山(660m)だよね。
再び道なき道を落ち葉に足を埋もれさせながら下りて、一本松まで戻る。
後は来た道を戻るだけ。往きには会わなかった何人かの山歩きの人とすれ違った。腰にキノコ籠のような籠をぶら下げている男性もいた。まだキノコが採れるのかなぁ。豊かな入会の里山だったそうだから、キノコも豊富だったのかも知れない。
私たちは再び展望台で休憩。夫は持ってきた煎餅を食べながら目の前のアルプスを眺める。私は、今日は白湯のみ。けれど、静かな秋そのものの山歩きと、アルプスの大きな展望に目を楽しませることができ、満足。
公園に戻ると、長野市街のむこうに東の山々が、秋の日を浴びている。志賀高原から菅平の山、群馬境の方まで。そして遠く蓼科山もうっすらと見えていた。
長野市周辺の里山歩きを楽しんで数年になるが、あそこも、そうあれも、むこうの山も登ったねと、指さして眺めるのもまた楽しいものだ。