秋、秋、秋、読書の秋、食欲の秋、芸術の秋、スポーツの秋・・・秋という季節に、人は自分を大きく包み込むような優しい気持ちになれるのかも知れない。それは自然がゆっくり休みの季節に入るような静かなたたずまいを見せてくれる季節だからだろうか。だが秋から冬、自然はむしろ厳しい季節に向かう準備を始めているのではないだろうか。
私たちも芸術の秋を堪能した。音楽やバレエ、豊かな芸術の世界に魂が浮遊して、自分までもその高みに引き上げられるような感覚に酔う。そしてふと、また目が覚めたように山の道を歩きたくなる。
秋晴れの空は澄み渡って遠くの山を近づけてくれる。なかなか登ることができないアルプスの岩壁を美しく見せてくれるから、見晴らしの良い山へ行きたくなる。
夫はあれこれ候補を上げて地図を広げていたが、前夜胃痛で眠れなかった私はうわのそら。それでも山の木々に囲まれた道を歩くことを思うと、元気が湧いてくる。幸い、胃痛は治まっている。食べ物がこってりしているとストを起こす私の胃だけれど、痛みが治まれば後は絶食あるのみ。今回は痛みが短かったから、日中食べなければ大丈夫と診た。
遠出はやめて散歩コースにしようと、長野の南に位置する茶臼山を歩いてくることにした。山に登らない人でも茶臼山動物園とその隣の恐竜公園を知らない長野市民はいないだろう。茶臼山はその奥のピークで、標高730m。
車を動物園北の駐車場に置き、歩き出す。ホトケノザやオオイヌノフグリが春と間違えて花を咲かせている。恐竜公園の上部から自然植物園に入り、藤棚をいくつも通り抜けて山道に向かう。茶臼山一帯は地すべりのあったところだそうで、様々な対策がとられているようだ。地すべりによってできた大きな崖には約600万年前の地層が露出しているとのこと。
新幹線の車窓から見える白い崖は茶臼山、中尾(なこお)山の東に位置する凝灰岩の崖で、海底火山だった頃にできたものが隆起したそうだ。約700万年から800万年前、長野市辺りは海の底だったそうだ。
植物園に巡らされた柵の扉を抜けて山道に入る。山は一面落ち葉の海。道がどこか分からないくらい積もっている。足が喜ぶ。静かな山道を二人でポツポツと話しながらゆっくり登る。深い森の中、緩やかな斜面が広がり、気持ちよい空間だ。旗塚への道を分け、しばらく登ると右へ分かれる茶臼山山頂への標識がある。針葉樹が増え暗いけれど、広葉樹の落ち葉も敷き積もる混淆樹林らしい。山頂はすぐ。残念ながら見晴らしはない。
長居は無用と、一本松方面にわずかに進むと展望台がある。北アルプス北部が目の前に立ちはだかる。まさに壁だ。白馬三山はもうかなり白い。秋の日を浴びて耀いている。この素晴らしい風景を見ると、あの山に行って見たくなる。唐松、五竜、鹿島槍、そして爺から針ノ木、蓮華と続く山々が一目。木々の間からななめに左奥を見ると、槍がその頂を天に垂直に突き上げている姿も見える。私たちはしばらくアルプスを眺めていた。
さてどうしようか、まだ時間は早い。中尾山まで行ってみようか。登山道入り口に置いてあったトレッキングマップを見ると、一本松まで緩やかな道が続くらしい。中尾山は一本松より先のピーク。気持ちよい落ち葉の道をしばらく歩くと一本松。雪洲神社が祀ってあり、記念樹の松が植えられていた。昭和の中ごろまで旅人の峠の目印となっていたアカマツがあったそうで、2代目となるのはどのくらい先になることやら・・・私たちの背丈の半分くらいのかわいらしい記念の松だ。
一本松を後にして、小松原コースをさらに進む。中尾山らしいピークを脇に見ながらどんどん行くと広い樹林帯の中の道は下りになった。もう東電の鉄塔だねと、来た道を引き返すことにした。
中尾山への登り口らしい標識は見つからなかったが、落ち葉に埋もれた斜面はどこでも道になる。二つのピークに登って探したけれど、三角点や山名標識などは見つけられなかった。でもきっとどちらかが中尾山(660m)だよね。
後は来た道を戻るだけ。往きには会わなかった何人かの人とすれ違った。腰に籠をぶら下げている男性もいた。まだキノコが採れるのかなぁ。
私たちは再び展望台で休憩。夫は煎餅を食べながら目の前のアルプスを眺める。私は、今日は白湯のみ。けれど、静かな秋そのものの山歩きと、アルプスの大きな展望に目を楽しませることができ、満足。
公園に戻ると、長野市街のむこうの山々が秋の日を浴びている。志賀高原から菅平の山、群馬境の方まで。そして遠く蓼科山もうっすらと見えていた。
長野市周辺の里山歩きを楽しんで数年になるが、あそこも、そうあれも、むこうの山も登ったねと、指さして眺めるのもまた楽しいものだ。