『晴れたら山へ』とは何かのコマーシャルみたいだが、まさにそんな気分。10月になってようやく秋の澄んだ空気の気配がする。
「明日は晴れそうだって、山に行こう」と言う夫に、「どこの山に行く?」と聞くと、
「一夜山に行こう」と言う。
夫唱婦随という訳ではないが、我が家では運転をする夫が大丈夫と思える山を第一候補にあげることが多い。
一夜山は戸隠連峰の西の端、鬼無里の中央に位置する円錐形の山、私もいつか登ってみたいと思っていた、よし行こう!
国道406号線を鬼無里に向かって走る。狭いところが多く、工事で迂回するところもあり、なかなかの山道だ。ようやく鬼無里に着き、右折して県道36号に入る。財又という集落から林道に入ると一夜山に向かう駐車場があるとの情報、「ここだ」と左折すると目の前に看板が。
『2017年11月道路崩壊、修復中のため通行禁止』。
出かける前にネットを見たけれど、この情報をキャッチできなかった。がっかり。 向こう側の奥裾花からも林道が繋がっているらしいから行ってみようと、奥裾花渓谷をさかのぼって行く。しかし、林道の入り口らしい辺りも工事車両が停まっていて難しそうだ。
一夜山は諦めようと、奥裾花ダムで休憩、頭を冷やすことにした。ダムの周辺は紅葉が美しく、大きなカメラを持った人たちが何人も奥裾花大橋の上に立っている。青空には白い雲がぽっかりぽっかり浮かんでいて、私たちのがっかり気分などどこ吹く風と言うのどかさだ。
しばらく紅葉を楽しんで、気分を変えることにした。地図や案内がなくても行ける、行ったことのある山、ここから近い山・・・「虫倉山※に行こうか」という、夫の一言で決まり。
※山歩き・花の旅11 虫倉山 2015.5.26
今度は県道36号線を南下し小川村に向かう。途中から中条に向かう道を入り、山道を登って不動滝コースへ。数年前に来たときは春だったよねと話しながら不動滝の前に車を停めようとしたら、ここは駐車場ではないとの看板が立っている。一瞬ドキッとしたが、駐車場は滝を越えた先にあるとのこと。前回はここが駐車場に見えたので、迷わず車を停めて歩き出したが、ここは車が方向転換できるように、開けてあるのだそうだ。駐車場に行ってみたら、公衆トイレも完備されていた。
足ごしらえをして、森の中を登る。滝の音がしばらく山道のお供だ。歩くにつれ木々の葉の色が増す。黄色もあるが、濃い赤に染まった木が多い。まるで雪が降るように止まることなくハラハラ、ハラハラと落ち葉が降ってくる。
石がゴロゴロしている道をしばらく登ると、ヤマブドウの実が枝ごと草むらに落ちている。甘酸っぱくて、疲れた体に心地よい。
花はないけれど、山は実りの季節。歩いていると、草の実がズボンにくっついてくる。赤に紫に熟した木や草の実がいっぱいだ。
紅葉の下、赤いトンネルのような落ち葉の積もった山道を登り詰めると稜線に着く。
そこに四阿があった。2014年11月の長野県神城断層地震で崩れ、翌年私たちが登った時にもまだ崩れたままだった小屋が再生されて、四阿が建っていた。ここからは北アルプスが見えたのだけれど・・・今日は雲が中腹に広がっていて、時折山頂が見えるばかり。白馬三山、五竜、鹿島槍が、顔を出したり隠れたり・・・。
山頂に行って来てからここでお昼にしようと、四阿には寄らず先へ進む。
「ここからは山頂まですぐだったよね」と言いながら歩き出したが、すぐ下りになり、また登る。
「あれ、こんなにアップダウンがあったっけ?」
「なかったね。この数年でできたんだよ」などと、たわいもないジョークを言いながら、けれど、実は本当に首を傾げている。覚えていないなぁ。
確か針葉樹の森があり、太い幹に日本記への標識が取り付けてあったよねと話しながら行くと、あった、あった。木の葉が密に茂った春の森と、沢山の葉を落としている秋の森との違いが、私たちのイメージを混乱させているのかもしれない。山頂部は一段と赤が濃い。赤い道を行く私たちの顔も赤く見えている。
ブナの大木が茂るピークを越えると、頂上はすぐそこ。
思い出の山頂はそのままだった。登り詰めた正面に大きく『立ち入り禁止』の看板がぶらさがっている。鎖が張られ、方向指示版も相変わらず傾いている。
アルプスの山々は山頂部だけを時折見せて、雲の向こうだ。北側は雲がなく、飯縄山、黒姫山、戸隠連峰と高妻山、そして一番左に今日行こうと思っていた一夜山が紅葉に染まる峰を見せている。ここから見ると、三角錐というより、緩やかな半球状に見える。
穏やかな日差しが気持ちよい、ここでおにぎりを食べようかとも思ったが、崩れた崖の地割れを見ながら食べるのも落ちつかないから、四阿まで下ることにした。
のんびりおにぎりを食べていると、キョッキョッと、鳥の鳴き声が近づいてくる。四阿の脇の笹の間から飛び出したと思ったら素早くUターンしてまた森の中に戻って行った。
きっと私たちがいたからビックリしたのだろう。
「一緒に食べれば、ご飯粒あげたのにね」とは言うけれど、優雅な山上の食事を一緒に突っつき合えるほど、人間は野生動物と親しくなれない。
虫倉山の虫とは水神信仰の龍のことで、倉とは神の座のことなのだそうだ。つまり神のいる山で、古くから里人の信仰が厚かったそうだ。不動滝に流れ込む寒沢には箱根サンショウウオが生息しているから、保全に協力を促す中条中学保護グループが作った看板が立っていた。
ゴロゴロする岩に気をつけ、巨岩を見上げ、ゆっくり下って行くと鮮やかな黄色い毛の塊がモクモクと動いている。蛍光色のような黄色の毛虫。自然の作り上げる芸術品のようだ。