歳をとったね、などと言うのはまだ早いだろうか。
比較的降雨量の少ない長野でも、今年の9月は雨が続いた。数日しかなかった晴れ間に来客を迎えたり、裏山に登ったりしているうちに9月も終わろうとしている。天気予報でようやく晴れ間が見えるという日を見つけ、山に向かう。
こんなチャンスには、以前ならできるだけ遠くへ、高くへ・・・と気持ちが動いた。けれど、今回は楽に歩けそうなところをさりげなく見つけようとしている。一時は酷暑とも言われ、40度近い気温に悩まされた夏だったが、8月後半に一気に秋めいて、今は朝晩が寒い。二人とも少し風邪気味になってしまったというのも理由の一つではあるが。
やはり歳を重ねたというのも否めない、か・・・。
志賀草津道路は何度も通って、草津白根山のコマクサ群生地を訪ねたり、白根山の湯釜の神秘な色合いに感動したりした。湯釜周辺の池や湿原の花々にも何度か挨拶をした。ところが噴火警戒レベルが上がり、数年前に孫を連れて行った時には車での通行のみ可能で、下車、歩行は禁止されていた。その後噴火もあったが、また収まってきたのか、通行止めは解除されていると言う。久しぶりに渋峠からあの道を走ってみようかと、夫。(※この翌日「万座温泉三差路~草津殺生河原間」が再び通行止めとなる。行っておけば良かったね。)
「そして帰りに旭山に登ってこようよ」。
「旭山か・・・、散歩コースだね」と私。
長野から中野市を通って志賀に向かって走っていると、山あいから雲が湧き上がっているのが見える。「あまりよい天気ではないね」と言う夫に、「でも、晴れてくるから昨日までの水分が上がっているんだよ」と私。こんな日は木の実を拾うのも面白いのか、道路脇に数頭のニホンザルが座り込んで何か食べていた。
奥志賀方面への道を分け、懐かしい田の原湿原にさしかかると目の前に笠岳の頂がボッコリと盛り上がっている。湿原は秋模様の茶色に染められている。さらに行くと、真っ白い煙がモクモクと立ち上っている?何か燃やしているのかな・・・などと言ううちに近づくとそれは煙ではなく、噴泉の湯気なのだった。平床の大噴泉、熊の湯も近い。こんなにモクモクと吹き出しているのは初めて見る。やはり地殻は動いているのだろうかと話しながら進む。
硯川の前山リフト乗り場で休憩。「今日はここまでかな」と、夫が言う。風邪気味で山道の運転は疲れるみたいだ。途中の景色を楽しみながら旭山に登って帰ろうか・・・。
今度は来た道を下る。あまりの激しい噴泉の姿に思わず車を停める。足元にはワレモコウが赤く揺れている。目の前の笠岳の頂は時々雲に隠れている。ススキの中の道を噴泉まで歩く。ナナカマドの実が真っ赤に実り、重そうだ。私たちは離れたところに車を停めて歩いたが、噴泉の近くに車を停めて眺めている人たちがいる。この吹き上げる姿は迫力がある。
しばらく眺めてさらに道を登り、白樺林を散策する。白樺は淡い緑の葉と下草と調和がとれているととても美しいのだが、地面が黒っぽいところや冬の白と黒のコントラストが目立つ頃はなんだか不気味な風景に見える。
この辺りは地熱のせいなのか、細い白樺が密生していてどことなく不気味な森の雰囲気となっている。
しばらく風景を眺め、散策してから車に戻る。旭山に向けて出発。
しばらく走ると再び小さな駐車場に車を停める。丸池の看板が出ている。もう20年も昔、スキーや森歩きに志賀高原を訪れると、この丸池の駐車場で写真を撮ったものだ。『定点撮影』などと言って雪の中を看板近くまで登って撮ったり、夏の蒼、秋の紅葉などと言って撮ったりしたものだ。
その後は通り過ぎるばかりだったから、ここで立ち止まるのはずいぶん久しぶりだ。
「久しぶりに、いいんじゃない」と、夫。
でも、撮影してきた写真を昔の写真と比べて「歳はとりたくないねぇ」とぼやいたのもまた夫だった。「今だっていいじゃないの」と軽く笑うのは私。
丸池からはすぐ紅葉の一沼、そして旭山駐車場。一沼は道筋では一番乗りの紅葉で、湖面に赤が映えているからか、大きなカメラを持った人たちが沢山いる。近いので、旭山の駐車場にも車が多い。
けれど、歩き始めるとたちまち二人だけの世界になった。緩やかに続く落ち葉の道。道沿いにはアキノキリンソウがどこまでも続いている。連日の雨で湿った落ち葉の道はとても歩きやすい。小さなキノコがポツポツと顔を出しているのを見ながら「こんなに湿っているのにあまりキノコがないねぇ」と話す。
そんな私たちに抗議するように・・・、「あっ!」思わず大きな声を上げて二人同時に指差す。大きな真っ赤なキノコ、ベニテングタケ。平に傘を開いたものや、まだ生まれたばかりの若いものが、あっちにもこっちにも生えている。湿った重い落ち葉を持ち上げている赤い色は、飾りのように白い点々をつけてなんともかわいい。絵本などで見るキノコの姿そのもの。これが猛毒とは・・・。白樺と仲良しのキノコだそうで、確かに白い幹と赤いキノコはなかなかの風景。でも嘔吐や幻覚、筋肉のけいれんなどの中毒を起こす猛毒なのだそうで、まさに《人(キノコ?)は見かけによらない》の見本か。
様々なキノコに目を楽しませてもらいながらゆっくり登る。朝は雲が多かった空が徐々に青い色を増やしていく。山頂近くになると、白樺美林と看板が立っている。木漏れ日が眩しい。シダやササが緩やかな傾斜を覆って、白い幹がその上に映えている。
山頂は木立に囲まれている小広い空間。小さな四阿がある。木々の間から東には琵琶池、西には夜間瀬川の流れに添った温泉街が見おろせる。ホツツジなどの灌木の間を幾筋も散策路が開いていて飽きない。のんびりのんびり歩き回ってからようやく下ることにした。途中の分岐から一沼に下り、紅葉を楽しむ人たちの仲間になって、再び山道を通って駐車場に戻った。
年寄りにはぴったりなどと自虐的なことを言わなくてすむ、気持ちよい山歩きだった。途中の沓打茶屋あとの清流を眺めて帰路についた。