比較的降雨量の少ない長野でも、今年の9月は雨が続いた。9月も終わろうとしている頃、天気予報でようやく晴れ間が見えるという日を見つけ、志賀の山に向かう。
長野から中野市を通って志賀に向かって走っていると、山あいから雲が湧き上がっているのが見える。「あまり良い天気ではないね」と言う夫に、「晴れてくるから昨日までの水分が上がっているんだよ」と私。こんな日は木の実を拾うのも面白いのか、道路脇に数頭のニホンザルが座り込んで何か食べていた。
奥志賀方面への道を分け、懐かしい田ノ原湿原にさしかかると目の前に笠岳の頂がボッコリと盛り上がっている。湿原は秋模様の茶色に染められている。さらに行くと、真っ白い煙がモクモクと立ち上っているが、それは噴泉の湯気だった。
硯川の前山リフト乗り場で車を停め、休憩。ちょっと疲れたのか、「今日のドライブはここまでかな」と夫が言う。途中の景色を楽しみながら下って、旭山に登って帰ろうか・・・。
下り始めてすぐ、さっき横目で見て通り過ぎた平床大噴泉に車を停める。噴き出る湯気の勢いに目を奪われたのだ。駐車場からススキの中の道を噴泉まで歩く。足元にはワレモコウが赤く揺れている。道の脇のナナカマドが真っ赤に実り、重そうだ。噴泉に近づくと、激しく白い湯気を吹き上げる姿は迫力がある。1600mという日本最高所での天然記念物ゲンジボタル生息地で、「ほたる温泉」という名はここからきたそうだ。
噴泉を眺めた後、道路の向かい側に広がる白樺林を散策する。白樺は淡い緑の葉と下草と調和がとれているととても美しいのだが、地面が黒っぽいところや冬の白と黒のコントラストが目立つ頃はなんだか不気味な風景に見える。
この辺りは地熱のせいなのか、細い白樺が密生していてどことなく不気味な森の雰囲気となっている。森の中を散策してから車に戻り、旭山に向けて出発。
しばらく走り、再び小さな駐車場に車を停める。丸池の看板が出ている。もう20年も昔、スキーや森歩きに志賀高原を訪れると、この丸池の駐車場で写真を撮ったものだ。「定点撮影だ」と、雪の中を看板近くまで登ったり、新緑の緑、夏の蒼などと言ったりして撮ったものだ。その後しばらくは通り過ぎるばかりだったから、ここで立ち止まるのはずいぶん久しぶりだ。
「久しぶりに、いいんじゃない」と、夫。
でも、撮影してきた写真を昔の写真と比べて「歳はとりたくないねぇ」とぼやいたのもまた夫だった。「今だっていいじゃないの」と軽く笑うのは私。
丸池からは紅葉の一沼、そしてすぐ近くの旭山駐車場。一沼は道筋では一番乗りの紅葉で、湖面に赤が映えているからか、大きなカメラを持った人たちが沢山いる。
けれど登り始めるとたちまち二人だけの世界になった。緩やかに続く落ち葉の道。道沿いにはアキノキリンソウがどこまでも続いている。連日の雨で湿った落ち葉の道はとても歩きやすい。小さなキノコがポツポツと顔を出しているのを見ながら「こんなに湿っているのにあまりキノコがないねぇ」と話す。
そんな私たちに抗議するように・・・、「あっ!」思わず大きな声を上げて二人同時に指差す。大きな真っ赤なキノコ、ベニテングタケ。平に傘を開いたものや、まだ生まれたばかりの若いものが、あっちにもこっちにも生えている。湿った重い落ち葉を持ち上げている赤い色は、飾りのように白い点々をつけてなんともかわいい。絵本などで見るキノコの姿そのもの。これが猛毒とは・・・。白樺と仲良しのキノコだそうで、確かに白い幹と赤いキノコはなかなかの風景。でも嘔吐や幻覚、筋肉のけいれんなどの中毒を起こす猛毒なのだそうで、まさに『人(キノコ?)は見かけによらない』の見本か。
様々なキノコに目を楽しませてもらいながらゆっくり登る。朝は雲が多かった空が徐々に青い色を増していく。山頂近くになると、白樺美林と看板が立っている。木漏れ日が眩しい。シダやササが緩やかな傾斜を覆って、白い幹がその上に映えている。
山頂は木立に囲まれている小広い空間。小さな四阿がある。木々の間から東には琵琶池、西には夜間瀬川の流れに添った温泉街が見おろせる。ホツツジなどの灌木の間を幾筋も散策路が開いていて飽きない。のんびりのんびり歩き回ってからようやく下ることにした。途中の分岐から一沼に下り、紅葉を楽しむ人たちの仲間になって、再び山道を通って駐車場に戻った。
緩やかな道が続く気持ちよい山歩きだった。帰り道で、沓打茶屋跡の清流を眺めてから家に向かった。