らくちん登山、いや、登山と言っては申し訳ないかもしれない。山散歩。昨年紅葉を探して竜王のロープウェイに乗った。166人乗りというそのロープウェイの広さにびっくりした。北志賀の情報を調べると、山頂湿原の花の紹介がある。花を探して歩くことが好きな私にとって湿原は魅力的。おいでおいでと誘われているような気がする。
5月末から夏場の稼働を始めたロープウェイ乗り場に向かった。駐車場に着いた時はちょうど始発(9:00)のロープウェイが出発する時間だった。ゆっくりと出て行く箱の中には思ったよりたくさんの人が乗っている。平日なのでほとんど人がいないだろうと思って来たが、予想外。
乗り場に行ってチケットを買うと、入山届を書くように言われた。あれ?前に来た時は書かなかったなぁ・・・と思っていると、係員が次の客に「タケノコですか?」と聞いている。そうか、タケノコの季節なんだ。連日ニュースでタケノコ取りに入った人の遭難を報じている。
のんきな私たちは、今がその旬だということも、竜王山がタケノコの産地だということも全く頭になく、やってきた。ロープウェイが動きだしたとき、全身ヤブ歩きに適した装備の人たちが「こんなに空いているロープウェイに乗るのは初めて」と話し合っていた。
山頂駅に着くと、広い展望台がある。目の前に高社山、斑尾山、妙高山が重なって見える。そして、雲一つない空の下、善光寺平の広がりの向こうにまだ雪を乗せた北アルプスの峰々が遠く乗鞍まで繋がっている。近くは唐松、五竜、鹿島槍、その奥に劔、立山も見える。遠くは槍、穂高連峰がくっきり見える。のんびり眺めていても飽きない、空気が気持ち良い、体の奥から新しい自分が湧き上がってくるようだ。生まれ変わるような・・・という言葉を昔の人は色々な場面で使ったけれど、頷けるような気がする。
ずっとそこに座って山なみを眺めていても飽きないような気がする。が、やはり山頂湿原も覗いてみたい。山道に入る。濃い花色のイワカガミがたくさん迎えてくれる。同じロープウェイで登ったはずの人たちは影もない。背丈を超す笹が茂っている林の中に消えて行ったようだ。時おり、ヤブの奥で呼び交す声が風に運ばれてくる。
しばらく行くと山道は広いゲレンデにぶつかる。そこが山頂湿原の入り口になっているが、私たちはとりあえず山頂を目指す。ゆるやかなゲレンデ歩きはまさに山上の散歩。ふと振り返ると、北アルプスが近い。
後ろを振り返りながら歩くとじきに山頂。スキーシーズンにはリフトでここまで来ることが出来る。山頂の看板の隣にレストランがある。営業は冬期だけ、今は閉まっている。このレストランの名前が『ローザンヌ』、バレエ好きの人には心引かれる名前だ。スイスのレマン湖のほとりにある都市の名前だが、2月に若者のコンクールが行われ、日本からの参加者も多いので最近知名度が上がって来た。ここにあるレストランがなぜ『ローザンヌ』なのか分からないが、バレエに励んでいる孫に教えてあげようと、写真を撮った。
振り返りながら登って来た道を、今度は目の前に展望を楽しみながら、湿原入り口まで降りて行く。湿原は水芭蕉の葉が大きくなってきてそろそろ花の終わりを迎え、リュウキンカもかなり散っている。イワナシの花がポロポロこぼれ、実が膨らんできている。ミツバオウレン、サンカヨウなどもまだ花を見せてくれた。一面に葉を広げているマイヅルソウも日の当たるところでは花がほころんできている。渡ってくる風が気持ち良い。
登山道に顔を出した小さなタケノコを採りながらロープウェイの山頂駅に向かう。目を下に向けて歩いていると、林の根元にはゴゼンタチバナの白い花が広がっている。頭上には終わりかけたムラサキヤシオ、ヤマツツジ、ムシカリの赤や白の花が空に映えて眩しい。
採ってきたタケノコを一日だけのみそ汁で楽しむ。山散歩もなかなか良いものだ。
その夏、孫二人を連れて夫が竜王を歩いてきた。夏休みを楽しもうとやってきた孫たちだが、大人はさまざまな用が重なっていて、思うようにバカンスを楽しめない。「そうだ、竜王の大きなゴンドラに乗ってこよう」と出かけていった。山頂湿原はお花畑になっていて、孫たちは楽しんできた様子。私が秋に揺られたハンモックにも乗ってきたと、帰ってから話す顔が弾んでいた。