視界が開けると、目の前に妙高がそびえる。チラチラと眩しい光が差し込む森の道を車は何度も曲がりながら進んでいた。道は野尻湖の東湖岸を縫うように進んでいるが、新緑の濃いカーテンに隠されてなかなか視界が開けなかった。
夫が見つけた「こっちの道が一番近いみたいだ」という初めての道を、私たちは走っていた。野尻湖の別荘地へ続く道のようだが、くねくねと曲がるそこは所々狭くなり、ガードレールも無くなるので、ドキドキする道だった。けれど、そのドキドキを越えてあまりある雄大な景色に、私たちは車を停めてしばし見とれた。濃紺の野尻湖の向こうに、雲を従えた妙高、黒姫、そしてその奥に戸隠の峰々が見えている。
野尻湖の湖岸を外れ、タングラムに登り始めた頃から工事車両が目立つようになった。万坂峠を越えて赤池への分岐に入る予定だったが、工事中の看板が立っていたため見逃してしまった。しばらく進んでからようやくUターンをして戻ってみたが、やはり通行止めになっていた。そこで万坂峠まで引き返し、今日はそこから登ることにした。
靴を履き替え、足元を整えて出発。森の中にはチゴユリが今を盛りに咲いている。小さな白い花が下を向いて咲いているので目立たないけれど、とても可憐な花だ。茎の先に1個だけ花をつけているものが多いが、ここのチゴユリは2個花をつけている双子が多い。花を見つけると私は嬉しくなって足が軽くなる。
ユキツバキやタムシバが咲く稜線を少し行くと袴湿原にたどり着く。湿原はさほど広くない。乾き始めているのか、ツゲの低木が目立つ。それでもミズバショウが残っていた。ショウジョウバカマも多い。湿原のはずれの水が多いところにはクロサンショウウオの卵がたくさんあった。湿原を訪ねてサンショウウオの卵を見つけると、まだ自然が豊かなのだと嬉しくなる。
湿原からの流れをたどって袴池に行く。この流れに添ってサンカヨウが咲くのを見たかったのだが・・・まだかたい蕾だった。山肌にはコミヤマカタバミか、淡い桃色の花が露を抱いている。とてもきれいだ。そして小さなネコノメソウがポツポツと咲いている。エンゴサクの仲間も紫の花をつけている。山の花はどれも小さいけれど、個性のある姿で目を奪われる。
足を伸ばすことになるが、袴池の向こうまで行くとオオイワカガミがまだ咲いていた。イワナシはもう散って実が膨らんでいる。
分岐点まで戻り、袴岳を目指す。少し暗い杉の林を越え、緩やかに登る。確かこの辺りにはウスバサイシンの仲間が咲いていたはず・・・と、足元に目を向けると、あった。小さな白っぽい花が2枚の葉の間にころりと転がっている。
気持ちよいブナの森をゆっくり歩く。袴岳は、標高は低いけれど、ブナの森が緩やかな起伏の中に続いていて、とても気持ちよい山だ。最近森林浴という言葉がよく聞かれるが、まさしく、木々の清々しいエネルギーのシャワーを浴びているようだ。昨年は同じ時期に登ってまだ雪が沢山残っていた。ブナの周りに根開けが始まっていて、のぞき込みながら雪面を歩いたことを思い出す。今年は小さなハート形のブナの芽吹きが見られ、気候によって変わる自然の微妙な変化を感じる。
森の中には様々なスミレ、フデリンドウ、ニシキゴロモなどが目を楽しませてくれる。気持ちよい空気の中を歩いて、山頂に到着。
目の前に大きな妙高を見ながらおにぎりを食べると、今日は少し先まで行ってみることにした。道は赤池まで続いているが峠に車を置いてきたので、ちょっぴり歩いて引き返すことにしようと話しながら行く。山頂からはすぐ傾斜が強い下りになる。森の様子はあまり変化が無い。しかし、緩やかな傾斜一面にコシノカンアオイと思われる大型の赤茶色の花がずっと向こうまでゴロゴロ転がっていて圧巻だった。
山を降り、峠から車で斑尾高原山の家を目指した。ここに車を置いて、地元の人が保護しているシラネアオイが咲くという八坊塚トレイルに向かう。咲き出した沢山の花を見ることができて大喜びしたが、車道から入ったばかりのところに大きく穴が空いているのを見つけた。盗掘の痕のようだ。人間はなかなか欲望から逃れられない存在だということを見せつけられた気がする。
斑尾高原山の家の中はどんなふうだろうとのぞいてみる。豪華なテーブルとイスの空間が広々としている。平日だからか、私たちしかいなくて貧乏性の私たちはなんだか居心地が悪い。ちょっと休んで出てきた。