平等という言葉が実はとても不平等な現実の中に浮いているけれど、その中で唯一『時』ばかりは真に平等かと思っていたものだ。ところが、年を重ねるにつれ、その『時』の流れすらも変化するではないか、時計の針の動きが見えるのではないかと思ってしまう。
あっという間に雪の季節がやってきた。
長野から坂城まで、乗ってしまえば20分ほどの鉄道旅をしてきた。日曜の朝、雲一つない青空を見上げ、「月曜からしばらくは雪になるらしいから、山へ行くなら今日だよ」と、急に出かけることにした。目的地は五里ヶ峯。上信越自動車道を走っていると、長い、長い五里ヶ峯トンネルをくぐるが、その上にある山だ。以前から興味があったが、どこから登るのか分からなかった。ところが夫が調べて「駅からも歩いていけるらしい」と言う。
鉄道が好きだけれど、里山の登山口はひなびた所が多く、電車の駅からそのまま歩いていける所は少ないため、車で行くことが多くなってしまう。今回も青空を見て、洗濯をすませてからの出発だったので、電車で行くには遅いかと迷った。けれど、なかなかないチャンス、冬至前の早い落日に間に合いそうもなければ途中の葛尾山(かつらおさん)までを楽しんでくればいいと、電車旅にした。
我が家から長野駅まで歩いて40分弱、ちょうど軽井沢行きの快速に間に合うように出かける。3番線ホームにはしなの鉄道の渋くおしゃれな赤色の車両が待っていた。4人がけの席に進行方向を向いて並んで座る。はす向かいには4人家族がおやつを食べながら賑やかにおしゃべりしている。ローカル線の昔懐かしい光景。快速なので、走り出せばあっという間に坂城駅に到着だ。改札に向かう跨線橋にはたくさんのポスターが貼ってあったが、なんと神奈川の『寒川神社』のポスターがあったので驚く。金ぴかだ。
さて、鉄道旅はともかく、山歩きの始まりだ。駅からまっすぐ一本道を坂城神社に向かう。途中、坂城宿の跡を見ながら行く。旧本陣跡も、博物館になっているらしい。宿場町の面影を残すいくつかの建物を通り過ぎると坂城神社に突き当たる。
白い着物に青い袴の神主さんらしい人や、ほうきなどを持った人がたくさん動いている。今日は何か行事があるのだろうか。近づくと軽トラックも何台か止まり、境内は大掃除の真最中。私たちはあいさつをして神社の脇に回る。「今日は天気がいいから展望がいいよ〜。気をつけて行ってらっしゃい」との言葉を後ろに神社の裏から左に登山道を入る。
数分登ると分かれ道、立派な道標が立っていた。まっすぐ行く遊歩道と、右に折れる近道、私たちは右の近道を行くことにする。道は落ち葉で埋もれている。登り始めから尾根で、両側が崖になって落ちている。斜面はアカマツの林、テープが張ってあって『入山禁止』の紙が何枚も取り付けてあるのが無粋だが、私有地を通らせてもらっているのだろうか・・・。尾根は広いがかなり急な傾斜で、ざれ場のような細かい石の道だから、滑らないように注意が必要。
しばらく登ると、左右の崖には雪が残っている。天気がいいので、尾根の上には雪はほとんど無く、ありがたい。湿っていると、ざれ場に積もった落ち葉はとても滑りやすくなってしまう。周りは茶色一色、とは言っても濃淡が美しい。そして雪の白。空の青。しばらく登ると、とてもきれいな緑が目に入った。ウスタビガの繭だ。山ではよく見かける物だが、これほどきれいな緑色の繭は初めて見た。衣のように茶枯れた葉を巻き付けて枝からぶら下がっている。
淡々と同じ傾斜で50分登ると、山頂に飛び出す。葛尾城跡805mの看板がある。今まで見えなかった北西方面の視界が一気に開けて、真っ白な北アルプスが横たわっている。左には姨捨山(冠着山)が近く、千曲川を中央に長野まで広がる町並みの上にアルプス、そして右奥には手を伸ばせば届きそうな五里ヶ峯。
山頂の四阿には芳名帳が置いてあり、毎日のように登る人の名前がある。2千回を越えているそうだ。私たちの名前も記入して、四阿の外の木のベンチに腰掛ける。ぽかぽかして気持ちよい。南東方面の足元には、さっき降りた坂城駅が見えている。夫は電車を撮影しようと楽しそうだ。
五里ヶ峯まで行ってこれそうだったが、ざれ場の坂道に厚く積もった落ち葉の登山道は下りが滑りやすそうなので、無理をせず、ぽかぽかの葛尾山頂をゆっくり楽しむことにした。
汗をかいたシャツを着替えた夫と、並んでベンチに座り、時々走ってくる電車を見おろしながらおにぎりを食べる。至福の時。
遠く蓼科山、奥秩父が見え、近くには上田の山々、そして、盆地の真ん中を流れる千曲川。大きく蛇行して光る千曲川を眺めた昔の旅人は大蛇がいると思ったかもしれない。昔話の世界に飛び込んだような気がする。
ずいぶんとのんびりひなたぼっこをして、今度は少し遠回りになる道を下る。途中には白緑色の岩が切り立っている所があり、その辺りは飯綱山というらしい。また、もう一つ峰を下ると姫城という山城跡もあるらしいが、私たちは寄り道をせず、落ち葉の積もる道をゆっくり楽しんで下った。
朝は大掃除中だった坂城神社も帰りには静寂を取り戻していたので、境内に入ってお参りしていくことにした。広い境内には古い土俵があって、このあたりは江戸の力士雷電の里にも近いのだと思い至った。
坂城駅には懐かしい湘南色の電車が展示されていて、周りを子どもたちが駆け回っていた。のどかな風景だ。
坂城駅のホームに大きな丸い掛け時計があり、ふと見ると9時台。そんな筈はないと近づくと、この時計、長針も短針もすごい早さでぐるぐる回っているのだ。「次の電車の時間でピタッと止まるのかな?」「まさか、故障しているんだよ」などと話しているうちに、さっさと今の時間も通り過ぎてしまった。これには笑ってしまった。
いくら『時』の過ぎるのが速くなったと言っても、これでは速すぎる!