長野に引っ越してきて最初の秋(2013年)に聖山に出かけた。長野に引っ越してくる前、中央道を通って松本から長野に向かうと、長いトンネルとトンネルの間の麻績(おみ)インターの辺りで、左前方に大きく横たわる山が見えてくる。その雄大な姿を見て、長野生まれの夫に「あれは?」とたずねた。「聖山スキー場があるところだと思う」という答え。それ以来通るたびにじっと見ていた。スキー場があるとしてもきっと小さなものだろうなぁと思うけれど、どっしりと横たわる山容はなかなか存在感があった。
長野に引っ越してから、夫が『展望が良い山』という情報を手に入れて、行ってみようと言う。長野での初めての夏を息子や娘の家族と賑やかに過ごし、仕事の後輩たちが楽しい時間をプレゼントしてくれた後の、9月20日だった。キノコがたくさんあったのを覚えている。山頂からはほぼ360度の大展望で、北アルプスが近かった。
もう一度大展望を間近に見ようと、天気予報の晴れマークを待って出かけることにした。短い距離だけれど、市内が渋滞していたので、長野自動車道を利用する。麻績インターで下りて、戻る感じでR403を山中に入っていく。一回通っているので思い出しながら行く。車はぐんぐん高度を上げていき、私たちは「ここも車が登ってくれる山だ〜」と笑う。
少し開けると、右に大きな湖が見える、聖湖。前回は下山後に湖のほとりを散策したが、釣り人がいるだけで寂しい湖だった。ここを左に折れてさらに登っていく。別荘地になっていて、森の中に点々とかわいい建物が見える。途中に歴史を感じさせる『かくれくぼ』の丸い看板が崖側に立っている。昔、上杉、武田の争いの頃、麻績城主がV字渓谷を利用して伏兵を隠しておいた所なのだそうだ。確かに車からのぞいても一気に深く切れ落ちている谷だが、こんな所に隠れていた兵士は大変だったろうと思う。
さらに登ると勾配が緩やかになり、やがて登山口の三和峠に着く。
あまり車を置くスペースはないが、我が家の1台は置ける。足元を整えて出発。前回来たときは作業の車が停まっていて、少し上の貯水場の工事をしていたが、今日は静かだ。木々もほとんど葉を落として、もう山は一足早い冬支度。さすがに花はないだろうけれど、前回たくさんのキノコに会えたから、まだキノコはあると思っていた。ところが、この季節はもうキノコすら見られない。枯れ木びっしりにつくサルノコシカケ型のものはあったけれど、地面から傘を開いて出るものは見つけられなかった。
埋もれるような落ち葉を踏みながら歩いて行く。木の実も茶枯れているなかに、マムシグサの実がつややかな赤い色に光っている。台風の影響か、大きな木が何本も倒れて道を塞いでいる。ササのなかを回って踏み跡があるので、私たちも回っていく。緩やかな稜線なので、回り道も楽しい。
右に『お種池コース』を分けて、急坂をひと登りすると頂上だ。青空の下、素晴らしい展望が広がっている。360度と言いたいが、南西方面と北東方面2カ所に電波塔が立っているため、わずかに展望が切れてしまう。北アルプス北部は目の前に白く大きい。槍、穂高は電波塔と木立の向こうに見え隠れしている。
振り返れば、朝通って来た長野自動車道が山間を緩やかにカーブしていくのが見える。山に囲まれた里の風景が美しい。
たった4年しか経っていないけれど、山頂の表示板は変わっていた。前回は小さな『聖山山頂』という板だった。自動シャッターで撮影したが、カメラを置く場所がなくて、ベンチに置いて撮ったら、後ろの北アルプスが写らなくて笑った。今回は大きな杭に大きな看板が取り付けてあった。三角点は同じ、もちろん?
私たちはあっちへ行ったり、こっちへ来たり、しばらく山を眺めていた。立山連峰も、後ろ立山の稜線の向こうに白い頭がくっきりと浮かんでいる。白馬、立山は白さが際立っている。雪が多いのだろう。長野市からは見やすい鹿島槍ヶ岳もここからは一段と大きい。
9月の後半はまだ青い山並みだったが、1ヶ月半の間に白く雪化粧。これから6月頃まで半年以上も山頂は雪の中だ。
眺めていても飽きないのだが、お腹もすいたのでおにぎりを食べることにしよう。お種池分岐で出会った年配の男女もお弁当を広げている。彼らは三脚持参で、あちこちをバックに並んで撮影している、すごい。山肌がくっきり見える今日の展望を喜び、「良かったですね」と、たわいのない会話を交わす。
近くの里山の紅葉と、アルプスの雪をかぶった姿を共に見ることができるので、なかなか良い季節なのだろう。
2013年9月に来た時は、まだ花もたくさん咲いていた。サラシナショウマ、トリカブト、タムラソウ、アザミ、ツルリンドウやオヤマボクチなど、秋の花が。シュロソウの地味な花もあった。フシグロセンノウのきれいなオレンジを見つけた時は嬉しかった。
「さすがに、花はもう咲いていないみたいだね」と言って、ふと展望表示板の下を見たら、1輪だけタムラソウがきれいなピンク色の花をつけて風に揺れていた。華やかだ。
私たちがおにぎりを食べている間に、男女は一足お先にと下っていった。私たちは二人だけの山頂をまたしばらく楽しんでから、ゆっくり話しながら来た道を車まで戻った。
前回は再び高速道で長野まで戻ったが、今度は反対側へ回ってみようと、大岡方面へ走った。キャンプ場やホテルを過ぎるころまでは走りやすい道だった。ススキの穂が揺れ、その奥に紅葉の聖山斜面が見える。所々開かれていて、散策するのも気持ち良さそうだ。が、古くからの村の中に入ると、道は生活道路らしく、狭く曲がりくねっている。すれ違いもできない道をしばらく走って19号線に出た。犀川沿いに走る19号線は水と紅葉がきれいな道だ。
途中の道の駅で野菜を買って、あとは一気に我が家へ走った。