烏帽子岳に登ったのが10月の後半、きれいな青空の下に緩やかな丸い稜線の湯ノ丸山を見て来たので、ずっと前に登った時のことを思い出した。(2017年11月初旬記)
その頃は仕事が忙しくて、休日もなかなか山に出かける元気がなかった。体力は今よりずっとあったはずなのだが、心のありようが仕事の方にどっぷりとハマっていた気がする。それにまだ幼い孫たちが休日には顔を見せてくれて、忙しくも嬉しい休日をたくさん過ごしていた。
湯の丸高原には冬はスキーを楽しみに訪れた。また初夏や秋には、北軽井沢の友人の別荘に仲間数人で合宿のように集まっては、湯ノ丸山の裾野をめぐったりした。けれど、山の頂までは行ったことがなかった。
2004年10月、前日の台風がそれほど被害をもたらさず、日曜日は台風一過の好天となったので、近くて気軽に登れそうな・・・湯ノ丸山を歩くことにした。朝6時半には家を出る。関越自動車道、上信越自動車道を走り小諸インターで降りる。インターからは浅間の麓、道々100番観音様が祀られている東部嬬恋線をジグザグ登り、地蔵峠に着いたのはもう10時半を過ぎていた。
足元を整えて、ゲレンデを登り始める。ゲレンデを登り切ると緩やかな道が続く。この辺りはつつじ平と呼ばれ、右斜面は一面レンゲツツジの群落になっている。花の季節にはさぞかしきれいだろうが、人も多いという。
以前来たのはまだツツジの花には少し早い季節で、山裾のほうには開花も見られたが峠近くになるとまだ蕾が堅かった。おかげで混雑には合わず、優雅な高原の空気を楽しむことができたものだ。地蔵峠から群馬県側に下りていく途中の玉だれの滝で遊んで帰った。地元の人がうどんを振る舞ってくれたのが暖かくて美味しかったことを覚えている。20年も前のことだから、今も滝水が落ちているか見てみたい気もする。
湯ノ丸山に登った10月10日は、紅葉が美しい季節だ。オヤマリンドウがきれいな紫の花をもたげている。アザミも明るい紫の花を掲げている。秋の花はよく見るととてもきれいな色だが、どこかもの静かな気配を漂わせているような気がするのは、こちらの思い込みを反映しているからだろうか。
つつじ平の平坦な広々とした道を行くと鐘分岐にぶつかる。金属製の鐘が設置してあり小広い空間だ。この立派な鐘のことをあまりよく覚えていなかったが、今年(2017年)烏帽子岳の帰りに通って、そうだそうだと、思い出した。
まっすぐ行くと湯ノ丸山、左に折れると中分岐に下りて烏帽子岳への道になる。右にも道が通じていて鹿沢温泉に至ると書いてある。山の上の四つ角だ。私たちはもちろんまっすぐ湯ノ丸に向かった。
台風一過の好天気との予報だったが、お山の天気は少しご機嫌斜め。前日の雨を放出しているからもあろうが、靄が濃い。それでもササの緑が露を置いてキラキラ輝き、その上に散ったカエデなどの葉の赤や黄色との対照が目を和ませてくれる。
山を歩いていると日々の疲れが吹っ飛んでいく気がする。そして新鮮な空気が体を満たし、翌日からの仕事への豊かな発想をもたらしてくれるようだ。
目の前に柔らかな稜線を見せている湯ノ丸山、振り返れば靄の中に篭ノ登山、西篭ノ登山だろうか、浅間方面の山々のどっしりとした丸い稜線が浮かんでいる。
山頂を踏むことはもちろん目的の一つだが、私たちは小さな花々を発見しては喜び、遠くの展望を眺めては楽しみながらゆっくり歩くことが多い。そして美しいと思うものを写真に撮っては進むので、ルートマップの予想時間より多くかかってしまう。それはもちろん、事前に想定して行程を考えておけばよいことだから、あまり気にはしないのだが。
そう言えば余談だが、この頃はまだデジタルカメラを持っていなかった。いや、データ量の少ない小さなカメラを夫は持っていて、時々試し撮りをしていた頃だ。私はフィルムを入れるカメラだったので、いつも予備のフィルムを持っていたが、現像料、焼き付け料のことを考えると、安い趣味ではなかったと思う。今では、『家に帰って調べよう』と言いながら、一つの対象を何枚も撮影しているのだから、ありがたいことだ。
自然の風景をいくらでも撮って帰れる最近とは違い、記念にと、ついつい人物をたくさん撮ってしまっていた。三脚を持って行かなかったので、木の杭などがあると、そこにカメラを置いて自動シャッターで撮影したものだ。
さて、遠くから見ても緩やかな丸い稜線の湯ノ丸山への登りは、草に覆われた道をひたすら登る。どっこいしょと言って越えるような大きな岩はないが、火山弾の成れの果てだろうか岩がゴロゴロしている。
山頂が近くなると、植相が変わってくる。中腹までのカラマツの黄葉はとても明るく美しかったが、標高が高くなるにつれて背の低い植物だけになる。コケモモの葉と思われる小さな葉も緑でかわいい。夏には様々な花を咲かせたと思われる草花も少しずつ紅葉して、冬の到来を待つのみか。
登山道の周りの草花を楽しみながら、一踏ん張りで山頂に着く。一気に展望が開ける・・・はずだった。しかし、遠くは霞んでしまっている。北アルプスの展望を楽しみにしていたが、雲に覆われている。隣の烏帽子岳、その向こうに上田方面の山々が見えている。
ちょうど12時、お昼時なので、ゆっくりおにぎりをほおばりながら晴れるのを待つ。しかし、残念ながら雲はずっとアルプスの姿を隠したままだった。
ここまで来れば烏帽子岳は目の前、往復してみたい気もするが、この日は帰りに孫の家に寄る予定だ。帰り道を考えると無理はできない。山頂までの斜面に淡いグリーンの笹原が伸びやかに広がっている烏帽子岳は、湯ノ丸山とはまた異なる針葉樹の森があるのか、濃い緑が所々山腹を染めている。お〜いと呼びかければ届くような、とんがり山頂の烏帽子岳に『また来るね』と心の中で言って、湯ノ丸山山頂をあとにする。
地蔵峠まで来た道を戻る。最後はゲレンデを一気に下りて駐車場だ。スキー場にもなる地蔵峠の駐車場はとても広くて貸し切り状態だ。開いているお土産屋さんをのぞいてから車に乗った。
またまた余談だが、山登りは道具にはお金がかかるが、日帰りだと現地ではほとんどお金がかからない。スキーはリフト代を払うけれど、山歩きは無料だ。登山道を整備したり、トイレをきれいにしたり、地元の人たちの力に支えられていると感じることが多いにも係わらず・・・だ。それで、帰りに地元の作物などを意識して買うことも多い。帰り道で道の駅に立ち寄り、地元産の食材などを見て回るのは、珍しいものを発見する楽しみもある。小諸辺りを上信越自動車道と平行するように走っている浅間サンラインには道の駅『雷電くるみの里』があり、江戸時代の力士雷電の生誕地を示す大きな看板がある。相撲にあまり興味がなかったので、立ち寄るまで知らなかった、そういう発見があるとおもしろい。
地蔵峠から、小諸へ降りる途中に美味しいチーズのお店があるので寄ってみることにした。大好きなカマンベールチーズをお土産に奮発することにした。そして思ったより早めに山を下りて来たので、店内でコーヒーをいただくことにした。ナマチーズケーキとカマンベールケーキを添えて。お店の中はたくさんの客で賑わっていて、チーズフォンデュの香りに満ちていた。ここのチーズを食べると、日本でもこんなにおいしいチーズが作れるんだと感心する。
ケーキとコーヒーで満足した私たちは、再び高速道路を走り次いで夕方6時半には孫の家に到着した。朝家を出てからちょうど半日の山の旅だった。
小さな孫たちと楽しい時間を過ごして、さらに元気をもらって夜家に帰り着いた。