志賀山に登ったときの四十八池湿原や大沼池の美しさを書こうと思うが(※)、細かいところを忘れている。私が「あそこはどうだったかしら・・・」などと聞くものだから、夫は「取材に行こう!」と張り切った。
ちょうど季節外れの台風が過ぎて、どこかへ行こうと話していた。しかし急に寒くなり、志賀、湯の丸、菅平など高い山々が冠雪とのニュース。雪の様子が分からないので迷っていたが、取材(?)もかねて、志賀山の隣、鉢山へ行ってみることにした。途中の渋池や四十八池湿原の美しさも堪能し、忘れている細かい雰囲気を思い出そう。
志賀草津道路を走り、上林温泉を過ぎる頃雲が晴れ、目指す山の稜線が姿を現して来た。さらに進むと一気に青空、ループ橋からは北アルプスの白く輝く姿が見える。私たちは車を停めてしばし眺めた。鹿島槍、五竜、唐松から不帰ノ嶮、白馬と続くスカイラインがくっきりと白い。さらに右奥には妙高、火打も白く雪を輝かせて大きく見えている。
硯川からは何回か前山リフトのお世話になったが、今日は歩いて登ることにした。石と石の間に氷が張っていて、斜面には白く雪が残っている。霜柱もあちこちに光っていて心がそそられる。大喜びの私たちは写真を撮りながら行くのでなかなか進まない。
前山の肩に登ると一気に目の前が開け、北アルプスの稜線が真っ白に見える。左には目の前に笠岳、振り返れば、今日登る鉢山が緩やかな丸い稜線を見せている。
標高1800mにある渋池は浮き島に雪が積もり、端の方には氷が張っていた。氷が幾何学模様のようになっていて面白い。この標高でハイマツは珍しいと思うが、ここにあるのは氷河時代の遺物なのだそうだ。太陽を反射して水面がキラキラ光る。空気が澄みきっている感じ。
ここから四十八池湿原までは平坦な道が続いていたと記憶している。進んでいくと確かに平坦だが、石がゴロゴロしていて歩きにくい。大きく流されたような跡もある。今年は雨が多く、つい最近台風も通ったので荒れているのだろうか。
針葉樹の森にはネマガリダケが茂っているが、雪を載せて倒れているところも多い。歩き始めてしばらくは雪を載せて倒れているササや、道に残った雪を見つけては喜んで写真を撮った。しかし次第に雪は増え、そのうち一面雪になってきたので笑ってしまった。
道が二俣に分かれ、左は志賀山への登山道だ。今日は右へ進む。登っているのか分からなくなるほどの緩い傾斜の、並んで話しながら歩ける道をひたすら歩く。道の脇の岩だけでなく、太い針葉樹の根元にも苔がびっしり生えている。名前は知らないが、様々な姿を見せてくれている。苔の先が凍って小さなつららになり、そこから水がしたたっている。
こんな風景の中を歩いていると、深山に入ったような気持ちになる。志賀高原と言えば観光地のイメージが強いが、今は人もいない。私たちの話し声とリュックに下げた熊鈴の音がするだけ。
四十八池湿原についた。一面の雪。白い世界に池がいくつも連なって、太陽の光を反射している。大きな池には裏志賀山が逆さに映し出されている。しばし眺める。
このあたりは、ユネスコのエコパークに指定されている志賀高原の中枢になるだろうか。眺めていると後ろから男性が二人やってきた。同じ服と長靴を履いて、スコップや竹箒のような物を持って、雪の積もった木道を大沼池の方に歩いて行った。整備をする人だろうか。ありがとうございますと心の中で言って、「こんにちは」だけ大きな声で交わす。
いつまで眺めていても飽きない風景だが、私たちはわずかに戻り、鉢山登山道に入っていく。ここを登っていくと、右は横手山へ、左は赤石山、寺子屋山を通って岩菅山まで続く稜線になる。鉢山は横手山への途中の山。
ここまでの平坦な道とはがらりと変わり、いきなり急な階段が始まる。針葉樹林の下は深いササに覆われて、階段上の道は荒れている。雪と氷に覆われているが、氷はまだ薄く、乗ると割れて水たまりに落ちる。水たまりは10㎝もの深さがあるところもあり、注意しながら進む。滑ったり、潜ったり、倒れているササの上を歩いたり、短い距離だと思うが、なかなかスリルのある道だ。夫は「おもしろい」と言いながら、先に行く。
ズボンの裾を濡らし、汗をかいてひとがんばり、ようやく鉢山山頂に着いた。勘違いをしていて、展望が良いと思い込んでいたが、山頂はただただ深い森の中だった。少し西に下がったところには鉢池があるはずだが、一面のササと、それを覆う雪ばかりで動きにくいので見に行くことは諦めた。けれど、少しでも展望の良いところはないかと、周囲のササの上をザクザクと歩き回ってみた。横手山が木の間に見えたが、あとは重なりあった枝ばかり。
座るところも無いので、下りて四十八池湿原の四阿でお昼を食べることにした。下りでは滑って尻餅をつくことも予想できるので、雨具のズボンだけはいて出発。
案の定、何回か滑り、1回ずつなかよく水に靴を潜らせて、四阿に着いた。途中森の切れ目からは岩菅山のカール地形がきれいに見えた。目の前の赤石山もきれいに見えて、その奥には幾重にも連なる山々・・・群馬から上越国境方面、さらに右には赤城山の姿も見える。快晴の空に、何本もの立ち枯れた木がおもしろい形でそびえている。
四十八池湿原の四阿でお昼だ。日のあたる所に濡れた靴を乾かしながら、おにぎりを食べる。目の前には四十八池湿原が広がる。寒くもなく、とても気持ちよい。おにぎりはいつものミョウガ味噌漬け、みかんと我が家の庭で採れたトマトを添えて。
のんびりおにぎりを食べていたら、夫が「志賀山か裏志賀山か、どっちかに登ってこようか」と言う。それは私としては願ってもないこと。早速少し乾いた靴を履いて、出発。
湿原の中の木道に積もった雪が、日に照らされて溶け始めている。うっかりすると滑って木道から落ちそうになる。朝の凍っているときより歩きにくい。それでも小さな池が重なりあう様を写真に撮ったり、水に沈んだ葉をのぞき込んだりしながら裏志賀山の麓の鳥居にたどり着く。ここからは岩の急な登り。雪が積もっているから滑りやすいが、鉢山の足元の悪さに比べれば、ラクチンラクチン。
ぐんぐん登って志賀山との分岐を過ぎるとすぐ、右下にぽっかりと視界が開ける。大沼池がきれいなエメラルドグリーンに輝いている。対岸の赤石山も立派だ。鉢山の途中からは見えなかった上州の南方面まで開けている。妙義山のでこぼこした稜線も、榛名山の峰々も見える。北は遠く雪をいただいた平らな峰、あれは苗場山かなぁ。
そこからほんの一息で裏志賀山の山頂。志賀神社の祠が祀ってあり、横の木の枝には小さな札がぶら下げてある。そこには『裏志賀山』と書いてある。神社にお参りして山頂をあとにした。
岩場の急な道を滑らないように注意しながら下りる。傾きかけた日に照らされて美しい四十八池湿原を横切り、来た道を戻る。前山リフトがゆっくり動いていたが、営業中か分からない。登山道を下りかけた所で、下りリフトの最終乗車時間は16:00と言うアナウンスが聞こえた。今15:50、私たちは「乗ろう」と言って、リフトに向かった。硯川に下りるリフトに乗って、足をぶらぶらさせながら、「らくちん、らくちん」と笑いあった。
帰りの道の駅で、美味しいお土産を手に入れたのは言うまでもない。