5月初旬に斑尾高原に行ったが、まだ雪が一面に残っていて早々に退散した。袴岳に登るつもりだったが、雪の装備をしていなかったので諦めた。沼の原湿原はどうだったかと思って調べたら、今年は5月12日に道が開いたとのこと。やはり今年は雪が多く残っていたから、遅かったんだ。
さすがにもう水芭蕉は終わっただろうが、ミツガシワが一面に咲いている風景を見たいと思い、出かけた。我が家から斑尾高原へ至る道は何本かあるが、今回は夫が調べて最速のコースという道を走った。山の中を行くので信号が少なく、しかも交通量が少ない。スイスイ走って、家から50分で沼の原湿原の駐車場に到着した。
準備をして歩き始める。やはり水芭蕉の季節が最盛期なのか、車は他に1台。山は静かだ。いや、人工的な音はないということ、鳥の声は賑やかだ。朝、9時前の山は涼しいくらいだ。薄雲が空を覆っているが、爽やかな空気が心地よい。
駐車場から湿原に降りていくと、笹の花が揺れている。今年は笹の花の当たり年だ。湿原の淵を流れる沢の水量は豊富、勢いよく流れている。かろうじて水芭蕉の白い苞が残っているものもある。ズミは満開だ。ふとみると、トンボが羽化している。まだ飛べない。抜け殻にしがみついている。暖かくなってきたら飛び立つのだろう。
水の流れに沿って歩き、赤池に続く遊歩道を登ってみる。途中の小さな湿原にコバイケイソウがたくさん咲いていたが、今年はどうだろう。まだコバイケイソウの花の季節には早いけれど、様子を見てこよう。
途中の山道にはハナニガナの蕾がたくさん揺れている。「咲いたら黄色い道になるね」。この道で以前見つけたコシノコバイモを探す。あった。ころりと花が転がっている。ギンランもあったはず、見つけた。ミツバツツジはほぼ終わって綺麗なピンクの花が地面に転がっている。
赤池へのコース途中にある小さな湿原に到着、コバイケイソウの蕾があった。しかし昨年に比べると花数は少ない。コバイケイソウは3〜4年に一度満開になると言われて、昨年見事に花開いていたから、今年はお休みの年に当たるのだろう。
ここから引き返して、沼の原湿原を散策する。遠くから湿原が白く染まっているのがわかる。ミツガシワだ。近づいていく。満開だ。雪解けの差だろうか、まだ赤い蕾が多いところもあれば、純白に開いている下から花は枯れて茶色になっている場所もある。所々に黄色く咲いているのは終わりかけたリュウキンカと、これから盛りを迎えるサワオグルマだ。
私たちはゆっくりゆっくり木道を歩いていく。稀に遠くの木道を歩く人影を見るが、ほとんど人はいない。鳥とカエルと昆虫の存在が賑やかだ。春蝉の声も始まった。
ミツガシワの花の中を散策し、小高い丘の上のベンチに腰を下ろす。ブナやホオノキなどの大木が木陰を作り、休憩にピッタリだ。11時、お昼にはちょっと早いが、ここでおにぎりを食べよう。ベンチに座ると、足元に小さな白い花が落ちている。アズキナシの花だ。目の前の数本の太い木はアズキナシだったんだ。
青空が広がってきた湿原を時々鳥影が横切る。人の姿はない。のんびり花を眺めながらおにぎりを食べる。ふわふわした気分だ。昼寝でもしたいと話していたが、風が出てくると日陰は肌寒い。食べ終わった後は湿原の奥へ行ってみよう。
湿原の淵の山際には雪椿が満開だ。「今年はすごいね」「いや、毎年咲いていてもその季節に来ていないだけかな」などと話しながら歩いていく。見事な花つきだ。お化けになった水芭蕉の葉が揺れる中を歩いていくと、少し離れた藪の中にシラネアオイが揺れている。大輪の花が見事だ。あちらこちらにミニ群落を作っているツクバネソウや、小さなマムシグサの仲間、ヒメアオキの実も真っ赤に色づいている。秋に実った緑の実が、春になって赤く色づくという。影にはまだ緑を残した実もある。
雪椿の赤に染まるような道を歩く。山際を戻り、再びミツガシワの群落の中の木道へ降りる。中央の木道脇には沢が流れ、水中に半分潜ったような水芭蕉にはまだ白い苞がたくさん残っていた。
ミツガシワは何百年も前の氷河期から咲いていた花だそうで、氷河期からの生き残りと言われる。ミツガシワ科ミツガシワ属という一属一種の花だそう。寒冷地や、標高の高い水分の多いところに咲く花だ。いつまでも咲いていてほしいと思う。
高層湿原ができるまでの気が遠くなるような時間がここに凝縮されている。未来へ残していけるのか、ふと思いは遠く遥かな未来へ飛んだ。