日曜日、空は青空。善光寺ご開帳のおかげで長野には人が溢れている。特に土日、祝日の善光寺周辺は賑やかだ。雨模様の日が続く中で庭の木々の枝打ちなどもしたのでちょっと疲れている。半日くらい山の空気に触れてきたいが・・・。
「電車で行って、矢筒山というのはどう?」ちょっと遠慮がちに夫が言う。矢筒山は山というより公園という雰囲気だからか。でも、半日コースならちょうどいいね。
早速支度をして、時刻表を調べる。9時24分長野駅発の電車がある。今8時半、出発だ。善光寺の脇をすり抜けるように歩いて長野駅へ。
北しなの線に乗って牟礼駅へいく。やってきた電車は関東で見ていた湘南色電車。懐かしい。窓の外を流れる風景を並んで見ながらの鉄道旅、なかなかいいね。まぁ今回の距離は短いけれど。
牟礼駅からは矢筒山の登山口まで車道を歩いていく。途中の水田にはもう田植えが済んで、水が張ってある。その水田に飯縄山が逆さに写っている。その間に線路が走っているのを見て「あ〜電車が来ないかな」とつぶやく夫。「今、私たちが乗ってきたのが行ったばかりだもの、当分無理よ」と、軽く私。「帰りなら、待っていてもいいよ」と付け足す。
電車撮影は諦めて、矢筒山の登山口へ向かう。矢筒山は矢筒城の城跡、確かに台形状の盛り上がりは城跡らしい。登山口には地図も立っているが、一面の草ぼうぼう。ほとんど人が歩いていないのではないかと思う。
草を分けながら歩いていく。足元の草の陰にはヘビイチゴの実らしい赤い玉が見える。黄色い花もまだ少し咲いている。カキドオシの花もそろそろ終わりだろう、濃い緑の下に時々紫色が見えている。
緩やかな階段状の道を登っていくと、光沢のある葉が目を惹く。ヒトリシズカだ。小さな実をつけているものもある。花の時期にはたくさんの人が登ったと思われるカタクリは、もう全て実になっている。独特な模様の大きな葉もすでにない。地面からスッと伸びた茎の先に三つの出っ張りを持った実が重そうについている。この実が種を飛ばしてしまえば来春までその姿を見ることはない。スプリングエフェメラル(春の妖精)と言われる所以だ。
ふと気がつくと、目の前に伸びてきた枝の先に揺れるものがある。ツリバナだ。すごい、満開。写真を撮ろうと思うが、風が強くて難しい。ツリバナは名前の通り細い糸のような花柄で枝からぶら下がっているから、揺れる揺れる。
写真を撮るのは諦めて歩き出したが、ここはツリバナの森だった。山道の脇の斜面の下から生えているので目の高さに花が揺れているのが嬉しい。風の止む隙間を待って、撮影。うまく撮れたかな。
登るに連れフキの葉が広がってくる。どうやらこの季節の矢筒山はあまり登る人がいないようだ。山道もフキに覆われている。その隙間からラショウモンカズラがのぞいているが、もう散りそうな花だ。ナルコユリはまだとても小さな蕾をぶら下げている。クルマバツクバネソウを見つけたが、一輪しか見られなかった。この辺りにたくさん咲いていたアズマイチゲはもう全く姿が見えない。来年の春に会えるだろう。
最後のひと登りで山頂に到着するのだが、道がない。フキの葉が重なり合って道を隠している。「失礼します」「ごめんなさいね」と口だけは殊勝に呟きながら、ワッシワッシとフキを踏み分けて登る。
草ぼうぼうの山頂の一角に立つ四阿でおやつを食べながら休憩する。鳥の声が賑やかだ。見上げれば鳥の影もたくさん横切っているが、逆光で姿はよく見えない。蝶も乱舞している。線路が見えるのではと期待していた夫だが、葉が茂ってしまったので下は見えない。
それにしても緑一色だ。山頂の広場を一回りしてみる。一面のフキだが、その間にアヤメが咲き出している。蕾もずいぶんあるから、咲き揃うと綺麗なのではないだろうか。南にはハルジオンが群生している。今ではただの雑草と思われているが、観賞用に輸入したものなのだそうだ。よく見れば糸のような花が可愛い。
初めは眺めていたのだけれど、あまりのフキの多さについ手が出てしまった。今晩のおかずにちょっといただいていきましょう。
しばらく遊んでから山を降りる。牟礼駅から見る飯縄山は大きい。群青色の新しい電車に乗って北長野駅へ。駅の近くで買い物をしてから、今度は長野電鉄線で善光寺下駅まで行き、ここからは城山を越えて我が家まで歩く。
午後の一番暑い時間、ふうふう言いながら「こっちの方がきつい登山だ」と笑う。我が家はもう近い。