山梨から友人が二人やってきた。彼らは昨年秋に我が家へ来た時は戸隠を回ってきたが、その時は霧で岩肌を見ることが出来ず、しかも以前一度行ったことがある、おいしい蕎麦屋さんも見つけることが出来なかったと残念がっていた。
今回は前日に我が家に泊まって、みんなで出かけることにした。「是非とも鏡池に映る戸隠を見よう」と楽しみにしているが、今は梅雨の季節、前後に雨の予報もあり、いささか弱気を抱えて日を決めた。
さて当日、友人の言葉に甘えて彼らの車に同乗。後部座席から夫が道案内をする。
長野市の北にある我が家から浅川ループ橋を通って飯綱高原を抜けていく。最近観光客が増えたそうだが、看板や幟などがほとんど無く、走っていて気持ちのよい森の中の道だ。
右に飯縄山の登山口を見て少し走ると、昨年彼らが見つけられなかった蕎麦屋がある。帰りはここで食べようと話しながらさらに先へ進むと、森が切れて、目の前に戸隠連峰がそびえている。
朝から遠霞みの空で、少し不安があったのだが、そんな不安を吹き飛ばすように山肌が青く鋭い。車を停めてしばし眺める。ごつごつした戸隠の岩肌がそそり立つ様は、いつ見ても感動的だ。
戸隠の村の中に入ると道は細く急になる。宝光社、中社を車の中から拝んで、その先の森林植物園の駐車場に停めた。
歩き出そうとしてびっくり。ミズバショウがまだ咲いている。その向こうにあるピンクは?カタクリだ。ここはまだ早春なんだ。駐車場と道路の間には深い窪みがあり、まだ積み上げられた雪が残っている。
ここから鏡池まで、緩やかな森の中の道を歩く。1.5km、もうちょっとあるかな、2kmは越えないと思うけれど・・・。
みどりが池から森に入るとすぐピンク色の小さな花が石垣の上に咲いている。カモメラン。ヒモで囲ってあるのがなんとも無粋だが盗掘が多いというラン科の花、仕方ないのだろうか。
よく整備されている戸隠森林植物園の淵をたどるようにして奥へ進む。春ゼミの声が頭上から降ってくる。とても小さいうえに木の肌にそっくりな色なので、なかなか見つけられない。後の話だが、帰り道で友人が「そこの葉が動いた」と言い、いくつもの目で探してようやく見ることが出来た。
森の中はズダヤクシュが一面花盛り。淡いクリーム色で小さな花穂だが、木漏れ日を受けて輝き、大地が光の波になっている。正直に言うと、これまでズダヤクシュを見つけてもあまり感動しなかった。地味で、山に登ればどこにでもある花という印象だったから。でもこの森のズダヤクシュはすごい。どこまでも光って続いている。「見直しました!」
森の中を木漏れ日を浴びながら歩いていく。高低差があまりないので、おしゃべりを楽しみながらゆっくりのんびり行く。鳥の声も聞こえるが、葉が茂っているので、姿はなかなか見つけられない。
植物園の整備された道を進み、最後に随神門との分岐を左に進む。森の中を歩いているので、すぐ近くなのに戸隠連峰の姿は、まだ見えない。
歩きながら、小さな花を見つけるとかがみ込んで写真を撮っている私を見て、友人がおかしそうに言う。「立ったり座ったり、良い運動になりますね」。私たちの笑い声が森の中にのどかに響く。
いきなり森の向こうに真っ赤な色彩が広がった。天命稲荷の鳥居だ、真新しい朱色の鳥居がたくさん並んでいる。前に夫と二人で来たときは、真っ赤な鳥居は一基くらいしかなかった。自然と人間の営みとが共存してきた歴史のひとコマを見るようだ。昔々も、こんなに山奥の小さなお稲荷さんを拝むために人々は山道を来たのだろうか。
ここを抜ければ、鏡池はすぐ。最後に少し階段状の登りを頑張ると、右にいきなり大きく戸隠山の岸壁がそびえ立つ。木々の向こうに水面がさざ波を浮かせている。