午後から雨になるという天気予報だが、空は青く、太陽は輝いている。気になっていたタイヤ交換を済ませてから歩いてくることにした。行き先は旭山北山麓のカタクリの里。昨年は3月末に満開だったが、今年は遅くまで雪が残っていたから遅いだろう。私たちは勝手に旭山の麓のカタクリと呼んでいたが、ここは『里島自然探勝道』と呼ぶらしい。里島発電所の奥だからか。
でもその前に、私が見たい花がある。2年前に何気なく歩いた道で見つけたとても小さな花。図鑑でも名前がわからなかったのだが、その後ふと見つけた名前はフラサバソウと言う。別名ツタバイヌノフグリと言うように、イヌフグリに似ている。初めて見た時はタチイヌノフグリかと思った。しかし毛が多いことや葉が密について茎が立たない様子などをみると、違う。フラサバソウは帰化植物でどこにでもあると紹介されているが、長野ではあまり見かけない。とても小さい花なので、他の草に紛れていて見ても気が付かなかっただけかもしれないが。
名前がわかったので、いつかじっくり観察してこようと思っていた。カタクリの開花状況を見にいくのを良い機会と、少し遠回りをすることにした。
このフラサバソウ、面白い名前だと思って頭に残っていた。実は人の名前に由来するらしい。明治初期に長崎で発見したのがフランスの植物学者フランチェットさんとサバチェルさん、それぞれの名前の頭から2文字ずつもらった草というわけだ。
3月半ばに孫と散歩している時、芽吹いているのを見つけた。まだ蕾も見えない小さな芽だったが、今頃は花を咲かせているだろう。
この辺りは郷路(ごうろ)山の麓、2年前の春、どこからか登り道はないだろうかと、ウロウロ裾野を歩き回っていたのだ。頼朝山への登山口もわからなかった(その後発見)ので、それもまた見つかるといいなぁと思いながら。結局その時は道を発見することはできず、フラサバソウを見て帰ったのだった。
久しぶりに訪れたが、フラサバソウはずいぶん減っていた。山道の脇に一面に咲いていたという記憶があるが、今年はヤエムグラが一面に広がっていて、申し訳なさそうにフラサバソウとオオイヌノフグリが肩を並べている。オオイヌノフグリと比べるとその花の小さいことがよくわかる。
さて、次はカタクリを見にいくことにしよう。裾花川を渡って里島発電所の脇から奥へ入っていく。柳の新芽が緑色に光っている。
裾花川に沿って登っていくとカワセミに会えることもあるが、今日はまっすぐカタクリの群生地に向かう。季節になると新聞のニュース欄にも顔を見せる群生地で、市街地から近いこともあってか、毎年花の季節には訪れる人が多いところだ。数人の人とすれ違う。
「まだ早いかな」と心配しながら森の奥へ入っていくと、かすみのように淡い黄色が広がっている。アブラチャンだ。アブラチャンの花が咲いているならカタクリも咲いているだろう。先を歩いていた夫が「咲いているよ」と言う。
私は入り口の苔を見ていたので、先に奥へ入っていった夫が教えてくれたのだ。地元の小学生も整備しているというカタクリの里、細かい灌木は多いけれど、カタクリは少しずつ斜面を登って増えているような気がする。
夫の跡を追いかけていくと、カタクリの間に見たことがない木の実が落ちている。木で作った花みたいな見事な造形だ。なんの木だろう。家に帰って調べようと手に取ったが、持って帰るのは申し訳ないので、草の上に置いて写真を撮った。後でわかったが、これはチャンチンという木の実らしい。神奈川の山で綺麗なピンクの葉の木を見つけたことがあったが、どうやらその正体の木のようだ。
カタクリは・・・昨年より花の数が少ないような気がする(※)が、まだ七分咲きくらいか、これから増えるだろう。花を見ていたら、いつの間にか人がいなくなった。毎日見に来ているという男性が、倒木を片付けながら「火曜日に初めて一輪咲いたんだよ。その後が早かったね。もう七、八分咲いてるね」と、嬉しそう。
男性が倒木を引きずりながら去って行くと、静かになった。誰もいない。ギフチョウだろうか、小さい蝶が遠くをひらりと舞う。私たちはベンチに座ってしばらく花を眺めていた。おやつもある。買ってきた大福を頬張りながらアブラチャンの黄色とカタクリの桃色を眺めていた。
飾り気のない自然の中にいると時間が経つのを忘れるけれど、すこ〜し空気の中に湿り気の匂いがしてきた。洗濯物も干してきたし、そろそろ帰ろうか。
家に帰ったのはお昼を少し回っていたが、それからしばらくして雲が厚くなり、ポツリと当たってきたのは2時間ほど経ってからだった。