我が家から見える裏山の山頂に咲くミスミソウは雪割草とも呼ばれ、雪溶けを待って春一番に咲く。他の花がまだ蕾の頃に華やかに地面を彩るから、人気の花だ。登山靴を履いて家から歩いて行けるところに咲いてくれるのは嬉しい。
花粉症の薬を飲むとぼんやりとするという夫に運転させるのは気の毒だ、歩いていける山を楽しもう。メガネとマスクと帽子、備えはしっかりして・・・それでも花粉は防げないようだが、家に閉じこもってばかりもいられない。
大峰沢から歌ヶ丘に向かう。暖かくなってきた春の山裾にはたくさんの鳥の影が見える。シジュウカラがツピーツツピーと綺麗な声を響かせている。ホトケノザやヒメオドリコソウも赤く花開いて、オオイヌノフグリの青ときれいな模様を描いている。
歌ヶ丘へ出る竹藪は切って重ねられ、楽に通れるようになっている。潜っていかなくて済むのがありがたい。山道に入るとダンコウバイが黄色く広がっている。数日の暖かさで一気に開いたようだ。
足元の花はこれからか、スミレの葉もまだ落ち葉に隠れるようだ。サジガンクビソウの芽がビロードのような小さな葉を出し始めている。足元を見ながら行くと土に半ば埋もれるようにツチグリがあった。もう胞子は出ないよねと突いてみると、茶色の粉が勢いよく飛び出したのでびっくり。丸い胞子嚢を開いてみるとびっしり胞子が詰まっていた。ホコリタケも同じような仕組みだが、冬までに全部の胞子を飛ばせないのだろうか。胞子が詰まったツチグリは森の中に返して、再び歩き始める。
今年は雪が多かったけれど、地面には昨年の草花が枯れてそのまま残っているものも多い。茶色になったアキノキリンソウやオケラがポツリポツリと立っている。今年もこの花たちに会えるといいねと話しながら大峰山の山頂に向かう。山頂下広場の四阿で休んでいると車が登ってきた。山頂下の広場までは、車で登ることができる。車で登ってきた男性は、私たちの方へ歩いてきて「もう登ってきましたか」と聞く。「これからです」と答えると、その男性はいつもここにミスミソウを見にくるのだと話し始めた。腰を痛めたので歩いて登るのは辛くなったが、いろいろなところに花を見に行くそうだ。
ミスミソウは満開だった。暖かい日差しに一気に開いたようだ。オオミスミソウに比べると、花色はあまりたくさんないのだけれど、それでもわずかにピンクがかった花も咲くのだが、今年はほとんど真っ白。
我が家の庭にもミスミソウが咲き出している。知人が長い月日をかけて手塩に育て、受粉を試み、見事な色合いの花を作ってきたそうだ。元はオオミスミソウだったのか、知人の家には千差万別の色、形のミスミソウが花開く。知人が手塩にかけたミスミソウを数年前に20株ほどいただいた。毎年春一番に花開いてくれるのを楽しみにしている。
さて、奥にはコシノカンアオイが咲いているだろう。今年も挨拶してこなくては。
山頂にはミスミソウに惹かれて次々に登ってくる人がいる。私たちは早々に降ることにした。地附山に回って、飯縄山を眺めてから帰ろう。地附山のモウセンゴケ群生地にはまだ雪がたくさん残っていた。いつも乾燥している山肌にモウセンゴケやヤマトキソウが咲くのを不思議に思っていたが、こうして最後まで雪が残るからこの斜面に咲くことができるのか・・・と、頷いた。雪の下でも苔が赤い胞子嚢をつけている。苔の花とも言われる胞子嚢は春になるとにぎやかになる。あまりに小さくてつい横目で通り過ぎてしまうのだが。
地附山山頂にも数人の人がいた。ベンチに座っておやつを並べ、談笑している。みんな暖かい日差しを求めて出てきたのだろうか。私たちも、端っこの崩れかけたベンチに座って、飯縄山、黒姫山、妙高山を見ながらおやつを食べることにした。
山の暖かい空気の中でひとときを過ごし、鉄ちゃんの夫が楽しみにしている、電車を見下ろせるところまで行ってみようと腰を上げた。
のんびり歩きは気分が晴れるようで、普段あまり歩かない森の中にも行ってみようという気持ちが誘われる。木々の冬芽はふくらんできている。ようやく少し分かり始めた芽吹きに目を凝らし、枝を覆う花々に目を見張る。自然の勢いを感じると嬉しくなる。暖かい空気に誘われて蝶もひらひら舞っている。
「今日はタツネ坂の方へ降りてみようか」と夫。少し遠回りになるけれど、違う道を歩けば違う花に会えることもある。森の中にはナニワズの花が満開だ。ジンチョウゲに似たこの花は雌雄異株。自然の中にも雌雄異株のものはたくさんあるのだけれど、あまりよくわからないものもある。里芋科の花(マムシグサなど)のように雌になったり雄になったり、変化するものもあるから面白い。自由でいいなぁなどと羨ましがっていてはいけない、彼らは厳しい自然の中でやむなくそうやって種を保存していくのだ。気ままな自由選択ではないようだ。
暖かい日と寒い日と、日替わりのようにやってくる今年は花たちにとっても生き難いのではないだろうか。いや、それもまた人間の目から見た感想でしかないかもしれない。逞しい花たちから元気をもらいに、せいぜい山へ出かけよう。