立春を過ぎても雪のニュースが続く。真冬の寒波の雪と違って、発達した南岸低気圧は太平洋岸に湿った雪を降らせるが、長野は境界線にあたるのか、低気圧の大きさなどによって降ったり降らなかったり油断ができないところだ。2月も半ば、そろそろ野山の春がやってこないものか。
思い返してみれば毎年同じようなことを言っている。春を待って山へ出かける、5月の連休は、高山の春の花に会える山歩きのチャンスだった。
花の名峰として知られている伊吹山にはいつか登ってみたいと思っていた。5月後半から6月頃がいいだろうとは思うが、その頃は仕事が忙しくて休みが取れない。ゴールデンウィークを利用して新幹線で名古屋へ行き、駅近くで一泊。翌日は近江長岡駅まで電車で行き、バスで登山口目指す。道中がとても長く感じたのは、実際の時間だったか、はやる気持ちのせいだったか。
バス停からはゴンドラでもう少し登って、スキー場のホテル前から歩き出す。連休だからか、人気の山だからか、歩いている人がたくさんいた。大きな山を前にして、私たちも気分が高揚してくる。スキー場の草原にはヤマエンゴサクが一面に咲いていて、青い空気が揺れているようだ。
少し登ると今度は黄色いお花畑だ。日本タンポポが一面に咲いている。西洋タンポポの勢いに押されて随分見るチャンスが減ってきているが、ここには一面に咲いているのが嬉しい。日本タンポポにもいくつか種類があるのだが、ここに咲くのはなんだろう。カントウタンポポ、カンサイタンポポ、エゾタンポポ・・・その区別が難しい。この地域に咲くのはヒロハタンポポかな。特定は難しくても、斜面一面を黄色に染めて咲いている日本タンポポは心を浮き立たせてくれる。
山登りでゲレンデを歩くのはつまらないが、次第に山道らしくなり、春の小さな花も顔を出している。華やかなカタクリ、イカリソウ、控えめなシュンラン、ヒトリシズカ、アマナなど色とりどりだ。さらにしばらく歩くとジグザグに岩の間を登る道になる。枝の先を見れば花芽は膨らんでいるのだが、まだまだ冬枯れた風景に見える。何より伊吹山上部には森がない。灌木はあるが、高樹の茂みがないのだ。それほど標高が高くはないのに、石灰岩質の山特有の風景だ。
登って行くにつれ、周囲はまだどことなく冬景色。山肌に白く残る雪が見えるようになってきた。「5月になっても雪が残るなんて、寒いんだね」「スキー場があるくらいだからね」。
一面のお花畑を予想してきた私はちょっぴり残念な気分。でも雪解けと共に顔を出すショウジョウバカマが綺麗なピンクで迎えてくれ、ニリンソウが大群落で迎えてくれた。
あいにくの薄曇り、展望はどこか霞んでいる。それでも足元の花や、遠くの雪渓に目を和ませながら登っていく。そして山頂直下の大きな雪渓に到着した。みんな素通りして行くけれど、やっぱりここは登ってみましょう。
雪渓で少し遊んでから山頂へ。11時10分、到着した山頂は、思っていたよりずっと広いところだった。そしてなぜか一気に人が増えた。私たちが登ったコースの裏側から車道が来ていて、車で登ることができるらしい。ちょっと苦笑い。
気を取り直して、山頂の日本武尊(やまとたけるのみこと)さんと記念写真。どうしてここに日本武尊像があるのかと思ったら、伊吹山の荒神を退治しに日本武尊が登ったのだという。いろいろなところに伝説を残している英雄だね。
さて、晴れれば琵琶湖なども綺麗に見下ろせるそうだが、残念ながら今日の見晴らしは今ひとつ。ちょっと早めだけれどお腹を膨らませるとしよう。広い山頂の、人がいないところを探しておにぎりをいただく。
のんびりおにぎりを食べ、少し山頂散歩をしてから降りることにした。12時下山開始。来た道だから安心感がある。お花畑に名残を惜しみながらどんどん降りた。スキー場の上部に到着した時はまだまだ時間がたっぷりあったので、ゴンドラに乗らずヤマブキが満開の道を歩いて下のバス乗り場に行こうということになった。
もちろん緑豊かな高原を歩くのは気持ち良い。だが、途中から細い山道に入ったのが誤算。人の踏み跡らしきものが見えたので、近道をしようと思って歩き始めたのだが、しばらく行くうちに踏み跡がなくなった。獣道だったのかなぁ。藪の中を四苦八苦して、なんとか下の車道に出ることができた。傾斜があり、方向がわかり、大まかな地形が頭に入っていたので焦ってはいなかったが、藪漕ぎは求めてすることではないとつくづく思った。
バス乗り場で時間を見ると、次のバスまでずいぶん時間があったので、ここは贅沢にタクシーを使い、近江長岡駅に戻った。新幹線に乗り換えて、家に帰り着いたのは夜8時、なかなか変化に富んだ山歩きだった。