昨年初めて袴岳に登り、サンカヨウの花がほぼ終わりかけていたので、今度は花の季節に訪ねたいと思っていた。
月曜から木曜までは何やかにやと予定が入るので、金曜に出かけようと決めていた。幸い天気もよく、夫が握った特大おにぎりを持ってぼちぼち出かけることにした。4月末に斑尾山の北側に行った時は残雪が多く、車道もまだ開いていないところがあったが、あれから2週間、さすがに雪も溶けているだろう。
という見込みは甘かった。今年は本当に雪が多かったのだ。斑尾高原のホテル前を直進し、赤池を目指して進むが、道の脇に雪が残っているのが気になる。県道97号から赤池の駐車場に入るところの道は開かれているが、2メートルを超す雪の壁!
とは言っても、どこもかしこも雪ではなく、池の周りは溶けてフキノトウやツクシが一面に地面をカバーしている。なんだか嬉しくなって、「今日の夕食は蕗味噌とツクシの炒め物だね」などと冗談口をきく。
山道に入ると、やはりフキノトウがあっちにもこっちにも。雪が溶けたところから緑に染まっていく様子がわかる。さすがに登り初めから山菜採りはせず、帰り道のお楽しみということにして先に進む。進むとすぐ山道が雪に埋もれている。雪の溶けたところからカタバミらしいきれいなピンクの花が咲き出して、まだあまり色彩のない森に彩りを添えている。ミヤマカタバミ(白い花)かと思ったけれど、ピンクがきれいだから、これはコミヤマカタバミだろうか。
雪の上を歩いたり、所々出ている土の上を歩いたりして、昨年通った道を思い出しながら進む。この雪ではサンカヨウは咲いていないよねぇ〜。
進むに連れて、雪解けの斜面にキクザキイチゲが真っ白い花を点々と咲かせているのが見えてくる。茶色っぽい葉の色は大地の色と溶け合っていて、まるで白い大輪の花だけが置かれているようだ。少し青い色の花もあって、ようやく私たちの気分も高まって来た。
袴池が近づくと土の壁にイワナシがたくさん咲いている。隣にはオオイワカガミがようやく蕾を持ち上げている。水の流れているところにはミズバショウ。
池から袴湿原までの道沿いにサンカヨウの葉がそよいでいたのだけれど・・・何もない。ところどころ雪に隠れ、ようやく土が見えている。小さな、小さな青い宝石のようなエンゴサクが咲いている。今この時の花があると教えてくれているようだ。一筋の水の流れの脇にネコノメソウがあった。初めて見るベージュの玉のような花を乗せている。葯が少し飛び出しているからホクリクネコノメソウかな。たった一カ所だけ、今咲いている花に会えるって、素敵なことだと思う。
池に戻り、さて帰ろうか、登ろうかと話す。「ブナの森も見たいね」と私。私たちは、雪の上を登り始めた。
杉の森を抜け、広葉樹の明るい稜線を行く。この辺りは新潟と長野の県境を行ったり来たりしているらしい。稜線の一カ所にまたまた私の好きな花を見つけた、カンアオイの仲間。ほのかに赤い筋の入った白い小さな花が地面に隠れるように咲いている。2枚の薄い葉が寄り添っている根本に咲いている。花色は白いけれどウスバサイシンかな。
カンアオイの仲間は分布域の広がりが極端に遅いのだそうだ。自分のいる場所で、その地域にあった進化をしてきたために地域毎に少しずつ違うカンアオイとなっているという。
コブシやタムシバも青空に美しい。稜線は雪がなく、いままでの冬山から一気に春の山になった。スミレが何種類も咲き、とても小さなミチノクエンゴサクが群になっている。どれも皆花の色が淡く控え目で、ユキツバキの赤がそこだけ華やかだ。
そして、鞍部を越えると再び雪が深くなって来た。ブナの新緑が空気を染めているようだ。なぜ、ブナの森は私の気持ちを揺るがすのだろう。新しい空気が体中を満たすように、呼吸が楽になる。私だけではない、夫もブナの森に入ると活き活きとする。なごりの雪面には春を告げる木々の落とし物が古代文様のように散っている。細かい花のようなものが多い。私たちは根開けを覗き込んだり、少し道に迷ったりしながら、残雪を登っていった。
山頂近くなるとカンバの大木が目立つようになる。今日は雲が出ていて、妙高山の山頂部分だけが見えている、二人だけの山頂だ。鳥の声の下、丸太のベンチに座り、おにぎりを食べる。
年によって大きく違う自然の営みを間近に見たことは、私にとってとても魅力的なことだった。
帰り道でたくさん摘んだフキノトウとコゴミで、春の匂いに満ちた車内となったのは言うまでもない。