北アルプスを越えて鹿が移動しているというニュースが新聞に載っていた。温暖化の影響か、鹿の活動範囲が北へ広がっているようだ。南アルプスなどの自然植物相が鹿の食害によって大きく変化し、お花畑が無くなってしまったところも多いと聞く。天敵がいない日本では繁殖し過ぎてしまうのだろうか。
鹿の被害を聞くたびに思い出す風景がある。ゴールデンウィークを利用して勇んで出かけた大台ヶ原。南の山を訪ねることが少なかったので、期待に胸が膨らんでいた。だが、行ってみて驚いた。荒れた山肌はトウヒの大木も立ち枯れ、笹の葉すら僅かに揺れているだけ。鹿が食べ尽くし、結局その鹿すらも生きられない状況になってしまったそうだ。
あれから随分時が経つ。その後様々な手が尽くされ、保護もされただろう、今はどんな風景になっているのだろう。
私たちが訪ねたのは5月の連休。年間雨量4000mmという紀伊半島の真ん中、雨の中の登山は嫌だけれど、行ってみなければわからない。早朝に家を出て西へ向かう。ところが東名高速道路は通行止め、それなら中央自動車道で行ってみようと、都内を通過して中央高速道に乗る。ところがというか、やはりというか、ここも渋滞だった。朝の5時過ぎに家を出たのに、お昼にはまだ八ヶ岳PAだった。まぁ、1日目は現地につけば良いと、のんびり行こうか。道路は渋滞だったが、空は晴れて、行く先々の山が歓迎してくれるかのようによく見える。
地図を見ながら香芝ICというところで降りて、ホテルに入った時は夜の8時になろうとしていた。ふ〜疲れた。と言っても運転していたのは夫だけれど。
翌日は6時半にホテルを出発、大台ヶ原の駐車場に向かう。8時半には駐車場近くに着いたのだが、なんとも驚く無秩序状態。あふれた車が自由にうろうろしているので、バスがUターンできない状態になっている。しばらく待ってようやく前に進んだ。
これでいよいよ歩ける。登山靴を履いて歩き始めたのは9時20分。ついにきた大台ヶ原、恐れていた雨の気配はない。やったー。まずは最高峰の日出ヶ岳山頂へ。針葉樹の気持ち良い森の中の道。昨日からの苦労もすっ飛んでいく。40分ほどで山頂1695mに到着。三角点だ。だが、雲が濃くて遠くまで見ることができない。周囲の濃い山影が青々としている。奥深いという感じだ。
大台ヶ原は高いところまで車で登れるので、急登が続くというところはない。広い台地に幾つかのピークがあり、そこを巡って歩く。ここから正木嶽、正木ヶ原、牛石ヶ原、そして有名な大蛇嵓(だいじゃぐら)に向かう。
まずは正木嶺を目指す。歩き出すと周囲には立ち枯れが目立つ。トウヒだそうだ。一面の笹原なのだが、その笹も惨めな姿だ。鹿の食害だそうだが、その鹿も住めなくなってしまったという。食い尽くしたということか・・・。広い高原に木道が続いている。立派な木道は広く作ってあるので気持ち良い。連休のせいか人も多いが、大台ヶ原は全体が広々しているのであまり気にならない。木道の端っこに腰掛けておにぎりを食べることにした。まだ10時半、気持ち良い風景の中で食べるおにぎりは最高だ。
お腹を満たし、先へ進む。正木ヶ原から尾鷲辻を越えていく。少し下がったからか、苔が多い。バイケイソウか、コバイケイソウか、緑の芽吹きが気持ち良いが、これらは毒があるから鹿も食べなかったのか・・・などと思う。
そして牛石ケ原、広い、広い笹原。傍に神武天皇像が立っている。原の真ん中に大きな石がある。大きいが、平たい石。大昔、神武天皇の頃に魔物を閉じ込めたとかいう謂れのあるところだ。くわばら、くわばら。
牛石ヶ原を越えるといよいよ大蛇嵓(だいじゃぐら)、この恐ろしい展望を見るために大台ヶ原を訪れる人が多いのだろう。この日もたくさんの人が断崖を見下ろしていた。私たちも端まで行ってすくみながら見下ろした。記念撮影は人を避けてちょっと離れて・・・。
足元にキレ落ちている崖を見下ろしてドキドキワクワクした後はシオカラ谷へ降っていく。下り切ると吊り橋がある。道は一面のシャクナゲ林、まだ蕾なのが残念だ。咲いたらさぞ素敵だろう。
シオカラ谷を渡ると後は登り返して駐車場に向かう。朝の喧騒は静まっていた。ちょっぴりお土産を眺めてから帰ることにする。山のバッジも手に入れてニコニコ。
後はひたすら国道169号線を南下、途中いくつかのダム湖を見ながら走る。今日の宿は三重県津市だからまだ道は遠い。国道169号線から国道42号線に入り、時々海を見ながら走った。山を出たのは2時過ぎだったのに、ホテルに着いたときはやはり真っ暗になっていた。
3日目も朝6時過ぎにはホテルを出発、今度は東名高速をまっしぐらに走ってなんとか昼少し過ぎには我が家に帰り着いた。豪雨地帯を旅して一度も雨に降られなかったのは幸いだったけれど、山は深く遠かった。