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あなどれない安達太良山 1700m、鉄山 1709m(福島県)

2001年9月23日(日)2021.11 記 

インフォメーションのイメージ画像 使用した写真は当時のフィルムカメラで撮ったプリント写真をスキャンしデジタルデータ化したものです。

地図:東北の山々
東北の山々(福島県南部を除く)

photo:前日、東北自動車道車窓から安達太良山方面
前日、車窓から


あまり見ることがないテレビだが、登山ガイドが主人公のドラマがあると、夫が録画してくれた。原作の本も読んでいたので、興味深く見た。舞台の山は安達太良山(あだたらやま)、夫が「あなどれない山、安達太良山」と言う。「え、そういう題なの」と聞くと澄まして「そうだよ(実際は違います!)」と言うが、安達太良山のどこがあなどれないのかなぁと私は思う。

photo:ゴンドラ往復乗車券・安達太良山
ゴンドラ乗車券

photo:岳温泉から安達太良山を見る
岳温泉から

安達太良山とは高村光太郎(詩人1883-1956)の『智恵子抄』で知られた山だ。智恵子抄に収められている「あどけない話」は、中でもよく知られている詩だ。東京には空がないとか、安達太良山の上の空が本当の空だというフレーズは詩を知らない人でも聞いたことがあるかもしれない。

map:安達太良山

photo:登山道から安達太良山を見る
あそこに登るぞ


『本当の空』を見に行こうと、神奈川の家を出たのは9月後半、土曜日の午前中。仕事が忙しかったこともあり、前日は山の麓の岳温泉に泊まることにした。その日に登って、山頂に近い「くろがね小屋」に泊まるのが理想的なコースだとは思ったが、福島は遠い。神奈川から首都高速、東北自動車道を走って岳温泉のホテルに着いたのはもう夕方5時をかなり回っていた。

photo:木の実・ナナカマド,オオカメノキ・安達太良山
木の実

岳温泉の源泉は、安達太良山の八号目にあるそうだ。そこから10kmもの長い道中、温泉を引いてくるのだ。山の途中には木製のトイだった頃の名残が残っているという。嵐の後だけでなく雪や落ち葉によって道中が詰まったりしないように常に見回りをしなければならないだろう。たくさんの人たちの工夫と努力によって温泉を楽しませてもらっている。


麓に泊まると翌日は活動が楽だ。ゆっくり朝ごはんを食べて8時過ぎに出発。あだたらエクスプレスのゴンドラに乗る。楽ちん登山の始まりだ。山頂駅からの道は森の中、なんとなくたらたら登っていたようであまり記憶が明確でない。もったいないことをした。それでも稜線に山頂部の凹凸が大きく見えてくると、急に勢いづく。

photo:行列が向かう先はくろがね小屋・安達太良山
行列が向かう先はくろがね小屋

9月後半というのは紅葉シーズンになるのだろうか、登山者の数は多いと思う。南北に長く、しかも山国である日本列島、一口に紅葉シーズンと言い切れるものではない。桜前線などという言葉があるように、南から、そして標高の低いところからじわじわと登ってくる自然の移ろい前線があるだろう。インターネットで検索すると現在(2021年11月)の情報があらわれる。9月末から10月初めが紅葉シーズンだそうだ。ただ私たちが登ったのは20年も昔のこと、地球温暖化の影響もまだ少なかったかもしれない。ムシカリ(オオカメノキ)やガマズミ、ナナカマドの赤い実が綺麗だったことは覚えているが、一面の紅葉という記憶はない。山はわずかに秋に向かっていたという印象だった。コケモモの赤い実、ガンコウランの黒い実、シラタマノキの白い実と、色とりどりの実がたくさん見られた。

photo:オヤマリンドウ・安達太良山
オヤマリンドウ

photo:お花畑も秋の風景・安達太良山
お花畑も秋の風景

ただ花はもうあまりなく、ゴンドラ山頂駅あたりではミヤマアキノキリンソウがまだ黄色を残していたが、登る道にはオヤマリンドウの紫が一人元気だった。枯れた花畑にススキの穂が揺れているのは風情があると言えるかもしれない。

photo:遠く町を見下ろす・安達太良山
遠く町を見下ろす

photo:山頂が見える(別名乳首山)・安達太良山
山頂が見える(別名乳首山)


ゴンドラの山頂駅から、乳首山と呼ばれる安達太良山山頂までは1時間15分かかった。夏の花の季節だと、私たちは立ち止まり、しゃがみ込みして、花を見たり撮影したりする時間が長くなるから、もっと時間がかかるかもしれない。秋の見晴らしの良い空の下では遠くに目をやりながらただただ歩いていくので、花の季節よりコースタイムは短くなるようだ。

photo:安達太良山 1700mにて
安達太良山 1700m

photo:立派な山頂標があった安達太良山山頂
立派な山頂標があった

山頂には人がたくさん登っていた。やはり百名山に挙げられる人気の山なのだろう。ゴンドラの便利があり、若い頃ほど体力が続かなくなっても登ることができる山なのかもしれない。私たちも「またいつか来たいね」などと話しながら山頂を踏む、10時15分。山頂の肩には立派な山頂標が立っていた。三角の岩の上には祠が祀られている。お参りして、私たちは鉄山を目指すことにした。ここは人が多くて落ち着かないという意見はすぐ一致。

photo:山頂から磐梯山を見る・安達太良山山頂
山頂から磐梯山を見る

photo:山頂から鉄山方面・安達太良山山頂
山頂から鉄山方面


鉄山(てつざん)へは、広々とした矢筈森を越えていく。乳首山から一度肩まで降り、稜線伝いに牛の背、馬の背を歩いていく。遠く岩の盛り上がったような鉄山が見えている。

しばらく歩くと左に異様な風景が広がってくる。白茶けた生き物の気配がない広がり。

そのおどろおどろしい光景は、何か全ての想像の世界を超えたところにあるもののようで、逆にただ静かにそこにあるという感じだ。

photo:雄大な矢筈森の広がり・安達太良山、鉄山
雄大な矢筈森の広がり

この広い沼ノ平火口は明治33年の大爆発によってできたものだというから、地球の歴史上では赤ちゃんのようなものだろう。この巨大な噴火口は深さ150m、直径1kmの広がりで、色彩を拭い去ってしまったかのような景観は、まるで月へワープしたかのような気持ちになる。火山性ガス発生の危険があるため立ち入りは禁止されている。いや、立ち入り禁止ですよと言われなくても、ここへは入って行きたくならないだろう。

photo:月旅行の様な景色・沼ノ平火口・安達太良山、鉄山
月旅行?

photo:巨大な沼ノ平火口は立ち入り禁止・安達太良山、鉄山
巨大な沼ノ平火口は立ち入り禁止

この凄まじい景色に息を呑み、しばらく眺めていたが、鉄山を目指して登ることにした。鉄山山頂1709mに着いたのは11時20分。360度の大展望、さっき立っていた安達太良山の山頂がピョコリと天をついている。足元には白く沈んだ沼ノ平火口が巨大な落とし穴のように広がっているが、登ってきた岩の斜面には小さなコケモモがびっしりと茂っていた。

気持ち良い山頂で早お昼を食べることにした。乳首山からちょっと離れただけなのに、人がいないのがいい。おにぎりを頬張りながら周囲を見回す。すぐお隣の磐梯山が裾野を引いて大きな姿を見せている。「いつかあそこにも登ろうね」「宝の山だって、どんな宝なのかな」などとあまり意味のない会話をしながら広い広い大地に包まれるように時間を過ごす。

photo:一面のコケモモ・鉄山
一面のコケモモ

気持ち良い山頂での食事もいつまでもというわけにはいかない。30分ほどゆっくりしてから下ることにする。今日のうちに神奈川まで帰らなければいけない。

来た道を戻る。沼ノ平の白々とした生き物の気配のない大地をしっかり目に収めて、稜線を歩く。自然の大きさをズシンと感じる。呑気なことをしていていいのかと聞かれているようでもある。この大きな自然の中で人間がしてきたこと、今まさに自分がしていること、無意識に自然破壊に手を貸しているかも知れない生活の積み重ね。 さて・・・。

photo:鉄山山頂で休憩・鉄山
鉄山山頂で休憩

photo:鉄山山頂1709mにて・鉄山
鉄山山頂 1709mにて

photo:沼ノ平を見下ろす稜線(左奥磐梯山)・安達太良山、鉄山
沼ノ平を見下ろす稜線
(左奥磐梯山)

山へ入ると、その美しさの前でたくさんの宿題をもらってくると思う時がある。それは意識下にあって、いつも深刻に悩むという風ではないのだが、感動し波打つ心の奥にちらりと入り込んでくる。この月世界のような風景はインパクトが強烈で、さまざまな思いを表面に押し出してきた。あだたらの空は通りすがりの私には語りかけてくれなかったが、人にはそれぞれの想いに彩られた『本当の空(自然)』があるのだろう。


photo:マイズルソウ,ツルリンドウ,イタドリの仲間,シラタマノキ
木や草の実がいっぱい

来た道をそのまま降りて、ゴンドラ山頂駅に午後1時10分到着。それから東北自動車道、首都高速湾岸道、横横道路を走って我が家に到着したのは夜8時だった。




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