朝起きて空が青いと出かけないのがもったいないような気持ちになる。山が呼んでるとは、何か歌の歌詞にあったような気がするが、本当にそんな気持ちだ。一人でふらりと散歩に行こうかと思ったら、夫が「葛山に行ってみようか」と言う。北アルプスが綺麗に見えるのではないかと思ったのだろう。翌日に用を控えていたので、遠出はやめようとの思いもあったみたいだ。
ゆっくり洗濯を干してから出かけても、十分楽しめるのが里山歩きのいいところ。8時半に家を出ても15分で葛山城跡駐車場に着く。いつ来ても、この駐車場には我が家の車だけだ。周囲は草藪で覆われている。枯れて茶色になっているツル植物やチヂミザサの穂が光っている。一方で青々としている植物も多く、イヌタデは赤い花をつけて元気だ。
木々の紅葉は進み、落葉してしまっている木も多い。まずは杉林の中を登っていく。ここにあったはずと林床に目をやると、いたいた。アキノギンリョウソウの大群落、今は実を膨らませて、全体が黒くなってしまっているが、杉落ち葉の中にニョキニョキとたくさん立っている。ここには来年もたくさん咲くのかなとつぶやくと、その年の気候条件にもよるんじゃないと、夫。何回も歩いているところだけれど、こんなに大群落になっているのは今年初めて見たから。
山城だった時の廓跡だろうか、何段かになって平な見晴らし場がある。志賀高原が見える見晴らしには大きなカエデの木が立っている。同時に赤や黄やオレンジに、そして若緑に深緑と、七色のグラデーションを見せてくれる木だ。今年は少し遅かったか、地面を赤色に染めて落ち葉が積もっている。ここから見る飯縄山は独立峰らしく長い裾野を引いていて立派だ。その飯縄山の長い裾も赤に染まって華やかだ。
何段かの平な見晴らしを過ぎて、一息頑張ると山頂に飛び出す。城跡というだけに広い。いつも誰かしらが憩っているのだが、秋も深まってきたせいか、誰もいない。
今日の目的はアルプスの展望、最近伐採して展望が開かれた西の肩に行ってみよう。堀の跡を越えていくと、見えた。
右奥に白馬三山、白馬岳は一夜山に半ば隠れているが、杓子岳、白馬鑓から不帰ノ嶮に続く長い稜線が白くなっている。さらに左には五竜岳、鹿島槍ヶ岳と続くが、アルプスの頂はすでに雪化粧をしている。青く澄んでいる空に、昨日の雨の名残か薄く雲がたなびき、山の模様となっている。しばらく山を眺め、消えそうで消えない薄雲を睨んでいたが、どうやら今日の雲は山と遊ぶ気のようなので、私たちは根負けして引き返すことにした。
山頂にはまだオトコエシの花が残っていた。ヨウシュヤマゴボウは背高く伸びて艶やかに光る実をたくさんぶら下げている。紅葉の赤や黄色や茶色に慣れた目には眩しく感じる。
再び山頂に戻り、長野市街地を見下ろす。遠くの山より近くの風景が霞んでいる。 ぐるりと山頂からの景色を眺めて、降りることにした。時間はたっぷりあるから、頼朝山を往復しても面白いだろうし、大峰山へ行ってくると言う選択もある。しかし、明日は用があるから、今日は早めに帰ろうということになった。途中からの景色も、木の葉の色も一つずつゆっくり眺めながら、のんびり降る。こののんびりさはなんだかとても贅沢な気がしてきた。
倒れた木の影を見ると赤い塊が見えた。これは何?「これ粘菌だよね」と夫。丸いぽちぽちは確かに粘菌だと思う。けれど、そのてっぺんにぽつりと赤いものが滲み出ている。キノコやコケなら胞子を飛ばすところだと思うけれど、これは木のヤニの様だ。粘菌は形を変えて生きるそうだが、なんとも不思議な生き物だ。
駐車場に戻ったが、まだ昼前なので、なんとなく去り難い気持ちだ。夫も同じ気分だったようで、駐車場の奥に続く林道の方へぶらりと歩いていく。ここには通行不可と看板が出ているので、これまで歩いたことがなかった。車では行けないけれど、歩いてみるのは大丈夫だろうと、ブラブラ登っていく。
道は思ったより立派で、山を巻くように続いている。杉の林の下には大きなイノデのようなシダが群生している。シダの間には真っ赤に実をつけたマムシグサがいくつも立っている。
そして道の脇には細かい白い花がまだ咲いていた。セリ科の花だろう。このような細かい白い花を咲かせるセリ科の花は、名前を特定するのが難しい。これはシラネセンキュウだろうか。もう花が終わりに近くなっているが、道の脇にたくさんあるから、来年は花の盛りに見にこよう。
混み合っていた善光寺前の道を敬遠し、戸隠バードラインに回って帰ったが、家に着いたのはまだ正午前だった。