庭のコスモスが背丈より高くなって、今年は色賑やかだ。初夏から続いた草の勢いと、蚊の多さも、ようやく下火になってきたようだ。朝の冷え込みが強い日が増えたからだろう。
「まだウメバチソウを見ていないね」ふと呟く。これは地附(じづき)山の山頂に咲くウメバチソウのこと。他の山では何回か見ているが、やはり我が裏山の花を見ないことには落ち着かない。
先日数輪だけ開いていたセンブリも、もうたくさん咲いていることだろう。よし行ってこよう。そしてもちろん、夫はJR車両センターを見下ろすことも目的だ。まずは楽ちんコースで車両センターを見下ろせる前方後円墳まで一気に行こう。旧バードラインの道にはミズヒキやノコンギク、ゴマナなどの花が一面に揺れていて、隠れたお花畑だ。今日はナギナタコウジュもたくさん咲き出してますます賑やかだ。足元のツユクサやゲンノショウコはそろそろ花の終わりを迎えている。
桝形城跡への道を右に分け山道を登っていくと、森の奥に動いている人が見える。素早く屈んではまた歩いていく。あれ、イケさんだ。何をしているのと聞くまでもない。持っている袋が膨らんでいる。森のことならよく知っているイケさん、キノコ採りも名人みたいだ。
お願いしてキノコの写真を撮らせてもらった。この辺りでは「カンコウ」と呼ぶウラベニホテイシメジ。「あ、これ一昨日見た。採ってくればよかった」と私が言うと、「似ているのがあるから、気をつけて」とイケさん。やっぱりね。写真を撮るだけにしておいてよかった。
イケさんと別れて山頂へ向かう。途中の旗立岩あたりで車両センターを見下ろすが、今日は霞がかっていてあまりよく見えないと、夫は残念そう。それでもカメラをのぞいて何枚か撮影してから山頂へ向かう。
山頂にはマツムシソウやワレモコウが揺れている。ハナバチが寒くなる前の一働きというように花の間を飛び交っている。綺麗な蝶が、花に止まり地面に休みしている。夫が調べたらヒメアカタテハという蝶だそう。そういえば、下の公園で大きな幼虫が這っているのを見た。きれいな緑色で、アゲハのように大きかったので、大きな蝶の幼虫かと、家に帰って調べたら、これは蛾の仲間だった。蝶と蛾の区別は難しいそうで、しかも蛾の種類はとても多いのだそうだ。
山頂周辺のナツハゼの実が熟して黒くなっているので味見をさせてもらった。甘酸っぱくて、山歩きのひとときには元気が出る。妙高山は雲の中、黒姫山と飯縄山は山頂が雲に隠れている。しばし、いつもの山頂の風景を楽しむ。
さぁ、ウメバチソウを見に行こう。稜線の山道は、猪の荒らした跡が激しい。滅多に姿を見ないけれど、いったいどこに暮らしているのだろう。
稜線をスキー場跡に向かって歩いていくと、センブリの花がたくさん咲いている。踏んでしまいそうな道の傍にもたくさん顔を出している。濃い緑の小さな葉と、白い花。花には緑色や紫色の線が入っていて控えめだ。しかし、近づいて見るとその繊細な姿は息を呑むほど美しい。
さらに奥に行くと純白のウメバチソウがたくさん開いている。1ヶ月も前には芥子(けし)粒ほどの白い点だった。それが小豆くらいの白い膨らみになり、ようやく今開いた。モウセンゴケ群生地の斜面にたくさん咲いている。センブリも混じって、白が広がっている様子は美しい。
しばらく花を眺めてから、スキー場跡の斜面に行ってみる。まだマツムシソウが咲いている根元にセンブリも顔を出している。
さて、目的の花に会えたし、帰ろうか。モトクロス練習場を回って木々の葉の色付きを見ながら帰ることにする。ガマズミの赤い実が輝くように陽光を反射している。足元には草たちもひっそりと黒く実をつけている。山の草や木の実はたくさんあるが、名前を知らないものも多い。そのくせ、ガマズミの実はそのままでは酸っぱくて食べられないけれど果実酒にして楽しむ人もいるなど、つまらないことはどこかで聞き齧って知っている。
帰り道、大きなトチノキの葉を見つけた。1枚の葉が5枚のように見えて、天狗のハウチワみたい。近くにはホオノキもあるが、こちらはだんだん枯れてきて1枚1枚散っていく。晩秋の山道を白く染めるほど散り積もっていることもある。
昨年、今年とホコリタケをたくさん見る。成長したものを押して、真ん中の穴から胞子が煙のように飛び出すのを眺めて遊ぶが、中が白くつまった幼菌は食べられるのだそうだ。キツネノチャブクロという名の種類があると聞いて調べたら、タヌキノチャブクロというのもあるそうで、びっくり。騙し合いをしているわけではないだろうけれど見分けがつかない。何も考えずに撮ってきた写真を並べて、頭を捻っている。
「今度もっとよく見てこよう!」。こうして山へ行く楽しみが増えていく。