標高の高い山か、まだ行ったことがない山・・・それが今回のミニテーマだ。コロナ禍の中、標高の高い山は予約が必要だったり、アクセスが長かったりするので難しい印象だ。天候が見通せないというのも不安材料だ。
近いところでまだ行ったことがない山、若穂太郎山に行くことにした。スポーツ店の店員さんが若穂太郎山に2回登り、2回ともカモシカに会ったと話していたのを思い出す。長野市の案内には展望が良い山と紹介されている。岩の登りが多く、ロープ場が何箇所もあるという。しかし我が家から近いから気分は楽だ。おにぎりを持って、1日のんびり山を満喫してこよう。
朝の渋滞を避けて家を出たのは7時20分、少し遠回りをしてみたが、犀川、千曲川を渡る橋はやはり渋滞していた。天王山口の駐車場に着いたのは8時半を過ぎていた。車は一台もなく平日の登山者はどうやら私たちだけのようだ。
早速靴を履き替えて出発。動物除けの柵を開けて山道に入る。展望コース入り口とあり、『山頂までは上級者コースです』と書いてある。あれ?上級ってどのくらいなんだろう。まぁ、ゆっくり一歩一歩行けば大丈夫だよ。
登山道は草丈が高く、オヤマボクチの蕾がたくさん膨らみ、淡い紫色のヤマハッカの花が一面に咲いている。アキノキリンソウ、ツリガネニンジン、そしてアキカラマツだろうか、黄色、紫、白それぞれに揺れながら道端を賑やかにしている。
登り始めてすぐ、道の脇にびっくりするほど大きな葉をつけた木があった。これは桐だ。これが大きくなるとタンスになるの?と、夫が笑って言う。町中の道端などにも顔を出していることがあって、子供が小さい頃は見つけると大喜びで自分と比べていたっけ。これを見ると何故か、人と並べて写真を撮りたくなる。
階段状に整備された草ぼうぼうの道をしばらく登ると天王山に着いた。ここに祀られているのは日清や日露の戦没者だそうだが、天王山に移転され功霊殿(こうれいでん)と名付けられたのは私たちが生まれた頃らしい。
しばらく登ると展望が開ける。犀川と千曲川が合流する広々とした平地が見える。広がる田には実り始めた稲が黄金色に輝いていて、大河に潤された沃土だということがわかる。武田信玄や上杉謙信が何度も戦って手に入れたい土地だったのが頷ける。
美しい田園風景を堪能した後は、いよいよ岩登りに取り掛かる。ロープが取り付けられているので、それほど怖くはないが、雨の日には通りたくないところだ。
長い岩の稜線は田子岩、ダルマ岩、甑(こしき)岩と、巨大な岩の連なりで、岩場をいくつも越えていく。
途中の春山城跡は城ノ峰山635mの山頂を主郭とした山城跡、深く掘られた堀切をいくつも越えなくてはならない。平安後期に築城された山城だそうだが、戦国時代には武田信玄が築城し直したと言われている。
丈高い草々の影に兵どもの夢を探すのは歴史学者に任せて、私たちは先へ進む。花や蝶やキノコたちを眺めていく。
そのとき、いきなり足元の地面が波打った。あまり突然なので何が起こったかと棒立ちになって見てみれば、大きな蛇が私の足元から慌てて草の中に入っていくところだった。危ない、踏むところだった。前を歩いていた夫は、呑気な顔で振り返る。おそらく山道の真ん中にいたと思われる青大将だが、夫は全く気づかずに通り過ぎたみたいだ。青大将は、全身が枯葉の上になったあたりで立ち止まった(立っていないけれど・・・)。「ねぇ、ちょっとお顔を見せて」と言う私の声が聞こえたか、聞こえなかったか、そこにしばらく止まっていたのは、多分もう安心と思ったのだろう。私もびっくりしたが、蛇もさぞびっくりしただろう。
しばらく登ると甑岩だ。想像していたよりまるく可愛い形だったので、岩の裏の登り口に行ってみた。垂直だけど、ロープがついている。どっこいしょと上がった途端に「わぁ〜怖いよ」と声が出た。足元の岩は緩やかにまるく崖に向かっていて、手がかりは何もない。360度の大展望は、育ってきた木の枝に邪魔されて少し区切られている。北信五岳は山頂を雲に隠している。岩に座って展望写真を撮ってから降りる。
甑岩を超えてもまだ先は長い。送電線の鉄塔を越え、若穂の前身「綿内、川田、保科」の境だったという三村境を超えていく。
若穂太郎山の登りは急な岩場ばかりかと思っていたら、稜線の幅が広がり、豊かな雑木林になった。雨が続いた後ではあったが、地面はかなり乾燥している。我が家の裏山と同じだねと話しながら歩く。
標高が低いところにはクサギが実をつけていたが、稜線を進むにつれ、ナナカマド、ミヤマガマズミ、ヤマボウシなど赤い木の実が多く、目を楽しませてくれる。そして、ツリバナがキラキラと輝く姿を間近でみられたのは嬉しかった。
途中一部針葉樹の暗い森を抜けた。杉だろうか、間伐や枝打ちがされているから、山人が定期的に入っているのだろう。
が、その後はいきなり背の高い笹藪に潜るような道になった。笹の丈は高く、払いながら歩く。周囲の木々も曲がった枝振りのものが多く、雪深い土地の木みたいだ。その変化があまりに突然だったので、なんだか面白い。「急に変わったね」「妙高の奥あたりにワープしたみたいだ」などと話しながら、先へ進んだ。
最後に急登をひと頑張りすると山頂に飛び出た。ちょうどお昼だ。広々とした善光寺平を眺めながらおにぎりを食べる。このひとときが何よりホッとする。眺めを楽しみながら食べるおにぎりは最高だ。
40分くらい山頂の空気を楽しんだだろうか。さて、そろそろ降りるか。入り口の駐車場でもらってきたトレッキングマップを眺めながらどこから降ろうかと相談する。いろいろなコースがあるらしいから、ただ往復するのはつまらないとも思う。「奥から山新田というところに降るコースもあるらしいよ」「でも林道歩きが長くなるからつまらないかもしれないね」などと言いながら、奥の道標を確認しに行くと、『このコースは整備していないので荒れている』との注意書きがぶら下がっていた。これはやめよう。
来た道を戻って、途中から蓮台寺に降りるコースにしよう。登り初めの岩場は疲れた足にはきついかもしれないから、ゆっくりコースにしようかという考えだったが、歩いてみてわかることだけれど、このコースが意外と気を遣う道だった。
急斜面のズルズル坂で、しかも手がかりがない。こここそ、雨の日は絶対通りたくない道だと話しながら、ズルズルと降りていった。
ようやく蓮台寺に辿り着いた時はホッとした。斜面に転がる、まるで頭骸骨のような大きなキノコを見つけて「なんだ〜」と叫んだり、道の真ん中に転がっている栗を拾ったりしながらのんびり歩く。真っ赤に実ったりんご畑から振り返ると、さっき立っていたピークが見える。山頂から見下ろした上信越自動車道路の下を通って駐車場まで、今日は二人だけの山だった。