地附山と大峰山は仲良く並んでいるが、それぞれの個性がある。同じ花もたくさん咲くが、一方の山を好んで咲く花もある。この季節になると大峰山の斜面に咲き出すオクモミジハグマだが、地附山では見たことがない。
今日は大峰山まで足を伸ばしてその花を見てこようと、出かけた。
いつもの道を登り、夫の最初の目的地でJR車両センターを見下ろし、山頂に向かっていたら、向こうからイケさんが歩いてきた。「あら、今日は山仕事じゃないんですか」と聞くと「カンコウさ」と、手に持っていた袋を持ち上げて笑う。観光?まさかね。イケさんにとっては庭とも言えるような地附山を、いまさら観光のはずがないではないか。
私が首を傾げたら、イケさんは持っていた袋を開きながら、「今日はあまり多くなかった」と言う。袋の中には綺麗なキノコが何本か。「これはウラベニホテイシメジだよ。この辺ではカンコウって言ってる」。あ、カンコウってキノコのことだったんだ。
イケさんはもう一つの袋も見せてくれた。こちらはヤマドリタケモドキというそうだ。山で見たことがある。ある・・・けれど、自分たちだけだったら確信が持てない。キノコの写真を撮らせてもらい、花の情報交換などをしてから別れた。
山はキノコの季節、図鑑を調べても名前のわからないものが多い。大小さまざま、色も形も実に多様で、変化に富んでいる。それでもこれは本当にキノコかなと思うものもある。一面にカビをふいたようになっていて、なんだか歪な形のものを時々見る。タケリタケというキノコが図鑑に載っているが、別の菌に侵されて変形したものだという。先日隣の薬山で白っぽいものを見たが、今日は黄色いのが何本も出ていた。気候などによって大発生するというから、これもタケリタケなのだろうか。
地附山に着くと、珍しく人がたくさんいる。山名表示柱の周りにシートを敷いて、賑やかにおしゃべりをしている若者のグループ、北の展望を眺めている中高年のグループ、賑やかだ。
私たちは早々に先へ進もうとしたが、ふと見ると青い蜂がいる。マツムシソウを渡り歩いてふわりふわりと飛んでいる。二人で目を見合わせ、写真を撮る。心の声で「今年6回目」と呟き交わす。
幸せを呼ぶと言われる青い蜂、ルリモンハナバチを見送り、大峰山に向かう。家を出たときは広がっていた青空がだんだん狭くなってきた。急ごう。
「空気が湿っぽくなってきたね」と夫。モウセンゴケ群生地には寄らずに一気に降ることにする。今日の目的は大峰山中腹に咲くオクモミジハグマ、先日登ったときはまだ蕾だったが、そろそろ開いているだろう。
地附山の急坂を降り始めると、遠くで地鳴りのような音がする。「雷?」「だね」。降る前に行ってこれるかな。空はますます暗くなり、雷の音も近づいている。「今日は花を見たら引き返したほうがいいね」と呟く。地附山と大峰山の分岐を過ぎ、倒木についている粘菌を見ながら歩いていると、雨粒が落ちてきた。
ここまでくればオクモミジハグマの花は近い。傘をさして歩く。沢を越えると、あった。まだ蕾だ。「まだかな」と言いながらさらに登ると、奥に見えた。白い糸のような花、オクモミジハグマ。
傘をさして花の写真を撮り、急いで来た道を戻る。稲光もやってきた。大峰山の山頂部にたくさんぶら下がっていたツリバナをゆっくり見たかったけれど、また次回だ。
森の中は枝葉が大きな傘になってくれるから、私たちはそれほど濡れることもなく帰り道を急ぐ。来た道を登り返し、地附山の頂上に再び立ったときは、誰もいなかった。人はもちろん、蜂も蝶も、どこかで雨宿りしているのだろう。
森の中の道を降り、地附山公園の管理棟に立ち寄った。イケさんがいたらオクモミジハグマ花情報を伝えようと思ったからだが、予想は的中。管理の西澤さんと話しているイケさんを発見。
二人とも花や自然に詳しいので、つい話が弾んだ。花の調べ方や、地附山と大峰山に咲く花のこと、さらに地附山の鳥についても・・・話はキリがない。地附山の鳥だけを集めた写真集も見せてもらったが、ホシガラスまでいたのには驚いた。大峰山にはたくさんあるホツツジだが、地附山では一本しか見つからないなどという話も面白い。
話しているうちに雨は上がった。そろそろ帰ろうという私たちにイケさんがお土産をくれた。それは今日の山の収穫、ヤマドリタケモドキ。今日は一本しか見つけられなかったという、その大切な一本をいただいてしまった。こうやってから食べるんだよと、その場で傘の下ごしらえをしてもらい、家に帰る。
もちろん夕食はキノコのお料理、ポルチーニそっくりというヤマドリタケモドキ、シャキシャキとした歯応えと秋の香りがなんとも言えず、美味だ。
人の暮らしと共にある里山っていいなぁ。この先自分たちがキノコを採れるようになるかは、わからないけれど。