友人から電話、「栂池自然園へ行こうよ」。今春、夫と行きたいねと話していたら、国道19号が通行止めになり、長野からは遠回りしなければ行けなくなった。迂回路はあるのだが、なんとなく気持ちが後ろ向きになってしまった。その後、片道交互通行が可能になったから行けるとは思ったが、一回待ったがかかったからか、踏ん切りがつかなかった。 そんな時の友人の一声、弾みがついた。
朝家を出る時は青空が広がっていた。片側通行は渋滞が予想されるからと、国道406号を通っていくことにした。鬼無里を通っていく406号は途中まで走ったことがあるけれど、白馬まで行ったことはない。長野から鬼無里までは走りやすくなったが、先へ進むと山道になる。カーブが続く細い道をぐいぐい登っていく。白沢洞門を越えると目の前にアルプスがドンと立っている。ここからは下り、以前滑った白馬みねかたスキー場(今は閉業)あたりまで来れば道は広くなる。
栂池高原のゴンドラ乗り場で友人と待ち合わせ。ヤァヤァ元気?の挨拶もそこそこにゴンドラに乗り込む。約20分、途中並行移動しているような長い空中の旅だ。緑の起伏を梢から見下ろしながらの旅はなかなか経験できないから面白い。当たり前だが、樹木の種類によって枝の張り出し方が違うことがよくわかる。樹種の違いによる特徴があることがくっきりと見て取れる。それぞれの木の名前を言えないのが残念だが。
夏の後半に来ると、オオシラビソの球果が独特の濃い紫で枝の先を賑わせてくれるのだが、まだ目立たない。
ゴンドラを降りると次はロープウェイに乗り換える。ロープウェイを降りて少し歩くとロッジが数軒立っていて、自然園の入り口になる。白馬大池を越えて白馬に登る登山者はここから右の山道へ入っていくが、私たちは建物を抜けて自然園に向かう。入り口の栂池ヒュッテは赤い屋根が美しい、歴史を感じさせる建物だ。
来る途中から雲が増えてきたが、山の上はさらに雲が広がり、青空は僅かになってしまった。
ちょうど10年前に娘と孫たちと一緒に訪ねたことがあるが、その時も雲が多かった。奥の展望湿原から白馬大雪渓が見えるというので楽しみに行ったが霧がかかって半分隠れていた。今回こそはと思っているのだが・・・。
濃いオレンジ色のクルマユリが点々と光っている。ニッコウキスゲは黄色に近いオレンジ色だ。広がる湿原にはワタスゲの白い毛玉がふわふわ揺れている。モウセンゴケが赤い。私たちは足元の花を数えながら木道をゆっくり進む。
ロープウェイを降りたところで栂池の花図鑑を買ってきた。栂池高原で今見頃の花がA4用紙2枚にまとめてある。私たちはその紙を持って木道を歩き始める。時々雲の隙間から白馬の山肌、雪渓や滝が見えると、「おお〜」と声を上げる。
湿原には、宝石のような青が散らばっている。これはタテヤマリンドウ。そして黄緑のランがポツポツと立っている。目立たないけれど、これも私が好きな花、ホソバノキソチドリ。似た花がたくさんあるから、名前の特定は難しいのだけれど、今日は花図鑑を持っているから心強い。
アカモノの花を見たいと言うたのちゃんが、「あった」と指差すのはツマトリソウ、「あれ、違ったか」と、歩こうとする足元にアカモノ!「そこに、アカモノが咲いてるよ」「あ〜、これか」「ここだけ満開だね〜」などと会話が弾む。
私の楽しみはキヌガサソウと話している。「今日は久しぶりにキヌガサソウを見たいの」と。以前住んでいた神奈川には「衣笠」という地名があるので、「今までにいっぱい見たでしょう」などと冗談も交わしながら、歩いていく。
周囲にはカラマツソウが可憐に揺れている。線香花火のような花がさやさやと揺れる様は草原の波のようだ。たくさん揺れている緑色がかった花はモミジカラマツ、葉がモミジのように広がっている。よく見るカラマツソウと、赤が濃いミヤマカラマツと、ここ栂池高原には3種類のカラマツソウが咲いている。カラマツよりもっと花火のようなセリ科の花もいくつか咲き出しているが、似ていて名前がわからない。
「あ、キヌガサソウ」、まずたのちゃんが叫んだ。これこれと、指差す。そこからは木道の両側に群生している。すでに実を膨らませ始めているのやら、まだ純白のやら、賑やかだ。久しぶりに見ることができて嬉しい。
風穴から吹き出す冷たい空気に歓声を上げ、坂道を上り切ると広い湿原に出た。ベンチがあったので、ここでおにぎりを食べよう。
たのちゃん、きみちゃんの家からは3時間近くかかるから、今朝は早出だったはず。お腹空いたよね。湿原の淵には背の高い花が咲いている。コバイケイソウは終わりに近く、茶色がかっているが、バイケイソウや、オタカラコウは賑やかだ。オニシモツケ、オオレイジンソウ、イブキトラノオなど、高山の花のパレードだ。雲が流れて時々雪渓が見える。
おにぎりでお腹が満たされたから、もうひと頑張り。少し降って楠川を渡る。河原は広いからここで休んでいる人もいる。水に手を入れると冷たい。長く入れていられないと言いながら順番に手を浸す。冷たいけれど、気持ちが良い。孫たちも「ひゃー、冷たい」と叫びながら水に触っていたことを思い出す。さらに上の銀命水でも楽しんでいた。流れる水はなぜか人の心をくすぐるものだと感じる。
楠川からは急な山道になる。汗をかきながら登っていくと広い草原に着く。展望湿原まではまだまだ上りが続く。雲が多くなってきたので展望は望めそうにないし、足に不安を抱えるきみちゃんはここで休憩することにした。ゆっくり休んで引き返すと言う二人を後に、私と夫はとにかく展望台まで行ってくることにした。
立派な木道が続く道だが、段差が高い。汗びっしょりになった夫は途中のモウセン池で着替え、なんとか展望湿原まで到着した。だが、大きな谷は雲に隠れ、白馬大雪渓を見ることはできなかった。
残念だが仕方がない。またのお楽しみにしよう。私たちは来た道を降り、たのちゃん、きみちゃんが待つ入り口へ向かう。ロープウェイ、ゴンドラを乗り継いで降る私たちの会話は、見てきたお花畑の感動でつきることがなかった。