残雪と早春の花を求めて斑尾高原に出かけるときは牟礼駅から北上する道を走った。道の左に続くこんもりとした山稜は、地図を見ると鼻見城(はなみじょう)山とあって、その奇妙な名前に心惹かれていた。山城だったところだから道もあるだろう、いつか行ってみたいねと話していた。
3月末から一気に気温が上がり花々が開花を急いでいる。乾燥した空気も影響するのか、大陸から飛んでくるという黄砂が大気を覆い、遠霞みだ。こんな時は遠望が期待できないので、里山に足元の花を見に行こう。「牟礼駅の近くの矢筒山にカタクリが咲いているらしいから行ってみようか」「では、その奥の鼻見城山にも行ってみようか」。
夕方に用があったので遠出はできないけれど、せっかくのお天気だからと出発。まず気になっていた鼻見城山に向かう。山裾の集落には大きな建物の民家が続いている。長野県のホームページを見ると駐車場4台との記述があるが、場所がわからない。畑の草取りをしている婦人に道を尋ねた。キジトラの凛々しい猫がジャレついている。「一度行ったことがあるけれどね、案内板もないから知らない人にはわかりにくいよ」と一生懸命考えてくれたが、不明のまま。ただ、山の上方に向かう車道は新しい道もあるとの話。猫にもお別れを言って車を進める。
立派な道をグングン登ると看板があった、ここだ。看板は新しい。「でも、ここはもうずいぶん登っちゃってるね」「山登りじゃなくてお散歩だ」などと言いながら林の中の道を進むと、林道の分かれ道に再び看板を見つけた。ここには車が停められそうだから、ここから歩いていこう。
道の傍に車を停め、林の中を歩き出す。蕗の薹はもう10センチほどに伸びているが、とてもたくさんある。日陰のまだ小さいものを今晩の夕げに摘みながら歩く。林道をしばらく歩くと林の中に平な土地があった。奥には山頂への看板がある。「ここだ」「車4台分の駐車場」「でも4台より多く停められるね、広いよ」。
車、こっちに持ってこようか・・・。私たちは今きた道を引き返し、今度は車でやってきた。やはり広さがあるところの方が安心だよね。舗装などの手は一切入っていないけれど。
さて安心して山頂への道を歩き始める。10分も歩かないうちに目の前に城跡らしい盛り上がりが見えてきた。北側には平な所があって「鼻見城の井戸跡」が建っている。堀を隔てて西側には稜線があるが、周囲は急な斜面だ。東面も南面も急な斜面になっていて、暖かい日差しの下にスイセンが一面に咲いている。まだ新しい羽のキアゲハが緩やかに飛んできた。山頂のカタクリが一輪咲き出しているが、東面にたくさん顔を出しているものは皆まだ硬い蕾だ。森の影になるからだろう。明るい南斜面にはスミレがたくさん咲いているが、森の中で見たものと同じ種類だろうか。花の形が少し違うかな。
私たちは城跡の周囲を一回りして車に戻ることにした。木が茂っている山頂からは近くの黒姫山や戸隠山が枝の向こうになっていたが、少し下がったところからまだ雪を乗せた山々が綺麗に見えた。黒姫山の右奥には真っ白な山、雨飾山の近くの金山あたりだろうか。
山頂近くまで車で行ってしまったので、おやつも食べずに次の山を目指すことにした。少し戻って国道18号線を越える。北しなの線の線路も越える。すぐ右に小さな盛り上がりが見えて、それが矢筒山。入り口には大きな看板が建てられ、登山道には真新しい木製チップが敷かれている。地元の人に守られている山なのだろう。
ここもお散歩コースだねなどと話しながら階段を登ると、道の真ん中にもカタクリの花が咲いている。踏んじゃいそうだ、気をつけて。カキドオシの小さな紫の花と、カタクリの大きな赤紫の花が斜面を彩っている。すごいね、今満開だよと大喜びしながら登っていく。山頂は山の斜面を巻くように奥に続いているが、ふと見ると斜面には輝くような純白の花が開いている。アズマイチゲだ。急斜面の下の方まで続いている。花の白は日の光を受けてそこだけ浮き上がるように輝いている。月並みな言い方をすればまるで宝石をばらまいたよう。木に掴まりながら斜面を少し降りて、大きく開いている様子を見る。葉の先が丸くなっていて優しい。一本の茎の先に一輪の花、なんだか潔いではないか。
さらに進むと木の階段があり、登ったところが広くなっている山頂だ。階段を登りながら夫が「すごい木の実だよ。なんだろう」と足元を見る。近づくとほのかに怪しい香り。「これは銀杏だ」雪の下になって冬を越した銀杏の実はまるで梅干しみたい。果肉が剥がれて白い実がたくさん見えている。「拾っていこうか」「いや、面倒だからいいよ」私たちの会話は、ここへきた人みんなの会話なのかもしれない。こんなにたくさん敷き詰められているのに・・・。山頂にもまるで絨毯のように一面の銀杏だ。
私たちは三角点にタッチしてからきた道を戻った。今日のおやつはカバンの中に入ったまま、私たちと一緒に散歩のはしごだ。