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矢倉岳 870mから足柄峠 759mへ(神奈川県、静岡県)

1999年11月13日(土)2021.3月記 

インフォメーションのイメージ画像 使用した写真は当時のフィルムカメラで撮ったプリント写真をスキャンしデジタルデータ化したものです。

map 矢倉岳,足柄峠

晴れ渡った空、澄みきった空気、夏以来の疲れはたまっているが、少し歩いて全身をほぐしたくなった。こんな時は富士山が綺麗に見えるのではないか、西へ行ってみよう。そんな呑気な気分で出発した私たち、家を出たのはもう8時をまわっていた。神奈川の道路は車の量が多い。土日のお出かけ渋滞が終わっていないのだ。

photo ススキの矢倉岳
ススキの矢倉岳

足柄山地に入り、万葉公園の駐車場に車を停めた時は11時半を過ぎていた。駐車場といっても、ほとんど道の脇のちょっとした空き地という感じのところだった。登山靴に履き替え、歩き始める。万葉公園には足柄の地に因んだ歌碑がたくさんある。足柄は、東海道の交通の要所だったところだ。万葉集には、足柄の地を詠った歌が多いそうだ。都から東国へ向かった役人、東国から防人として西へ向かった農民、それぞれにこの峠を越えた。西国の防備のために故郷を離れた防人が、この峠道で故郷を振り返って何を思ったのだろう。残してきた家族も生業も彼らの胸に鮮やかだったのではないだろうか。いつの世も、戦は人の心も生活も踏みにじるものだ。


photo マユミの実と黄葉
マユミの実と黄葉

さて現代に戻って、お腹が空いていた私たちは少し歩いた万葉公園の気持ち良い空間で、まずはおにぎりを食べることにした。真っ青な空を見上げて食べるおにぎりは格別。

春にはアブラチャンで黄色に染まるという園内の散策路だが、今はマユミの実が一面のピンク色に広がっている。まるで花が咲いているような艶やかさだ。

photo あざやかなマユミの実
あざやかなマユミの実


お腹もいっぱいになり、さぁ行こうか。沢沿いのコースを山伏峠に向かって歩き出す(2019年の大型台風の影響で、現在この道は通行不可となっている。稜線を辿る新コースが開かれているそうだ)。


見上げれば高い空は怖いほど濃い青一色なのだけれど、西の空には厚い雲が立っているらしく、楽しみにしてきた富士は見えない。「あの辺にあるはずだよね」「ほんとに見えるの」「晴れてれば見えるはず」言葉を交わしながら目を凝らすが、見えないものは見えない。

秋色一色の道にはアザミの濃いピンクがちらほら続いている。トゲの太いタイアザミのようだ。草むらには小さなヤマラッキョウの紫色も隠れている。

photo 秋の草原を彩る
秋の草原を彩る

photo 秋の花オヤマボクチ
秋の花オヤマボクチ

ふと見ると、アザミではない花も混じっているようだ。これはオヤマボクチだ。秋の山へ行ったらオヤマボクチを見たいと思っていた私は大喜び。濃い赤に白い飾りがついている。

嬉しくて、しゃがみ込んで写真を撮ったのだが・・・。この頃はフィルムを装填する小型カメラで写真を撮っていた。フィルムは高価だったこともあり、あまりたくさん使いたくなくて自然の風物をあまり撮らなかった。それにカメラのレンズの性能もあまり良いものではなかったので、小さな花のピントを合わせたり、動きの速い鳥へのピントを合わせたりするのはとても難しかった。

勢い、数少ない写真は自分たちがそこへ立ったという記念撮影となり、せっかく出会えた花もピントが甘い写真のみとなっている。現在のように何回でもシャッターを押して、後で不要のものは削除できるデジタルカメラは夢のようだ。

この稿を書きながらの夫との会話。「もっと一生懸命撮っておけばよかった」「今から撮りに行ってこようか」「いや、季節が違うよ」などと真面目なのか冗談なのかわからない。

photo みんな秋色(虫もカエルも)
みんな秋色(虫もカエルも)

photo 広い山頂で
広い山頂で

過ぎた時間を悔やんでも仕方がない。写真はあるものを見て、記憶の中の山道を思い出してみよう。そういえば、大きな泥色のカエルがのこのこと歩いていたっけ。冬籠もりの準備をしていたのだろうか。彼らは冬眠するのだろうから、場所探しをしていたのかな。


photo 矢倉岳山頂870m
矢倉岳山頂870m

photo 広い山頂で、バックは金時山
広い山頂で、バックは金時山

photo 一面のススキ
一面のススキ

山頂近くまで、富士山を期待して歩いたけれど、厚い雲は富士の辺りにだけ居心地が良かったようで、ついに見えない。見えれば最高だったろうけれど、広い山頂のススキが素晴らしく、私たちはもう満足。


すぐお隣の金時山はボッコリとした特異な山容を見せている。夫はスケッチブックを広げ、のんびりスケッチを始めた。穏やかな秋の日差しが気持ち良い。1時間ほど山頂で遊んだだろうか、午後2時を過ぎた、風がひんやりとしてくる前に降りようか。

photo 金時山を見ながら
金時山を見ながら

photo 金時山 (矢倉岳より:油彩)
金時山 (矢倉岳より:油彩)

夫はこの時スケッチした金時山をのちに油絵で仕上げている。絵に関しては、写真を撮るよりスケッチした方がいいとは夫の持論。私も小さな葉や花を描く時、やはりノートにスケッチしているから同じか。


私たちは来た道を引き返し、万葉公園から先へ足を伸ばしてみた。平安時代からの要所足柄峠には当時の足柄之関跡が残っている。正確な場所はわからないようだが、門と柱で跡が示されていた。盗賊が多かったために設けられた関所だというが、旅人にとっても関所を通るのは難儀だったのではないだろうか。夕暮れが迫る関所を前に、昔の人々の生活に思いを馳せていた。

photo 足柄之関跡で昔の人を偲ぶ
足柄之関跡で昔の人を偲ぶ


そして今(2021年3月)、昨年来の新型コロナウィルス感染症拡大で移動自粛の日々を送る中、自由に行きたいところへ行けることのありがたさを再びかみしめている。




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