憧れの大雪山へはじめの一歩(黒岳、北海岳) | |
大雪の最高峰、旭岳に登る(黒岳、北鎮岳、中岳、間宮岳、旭岳) | |
移動日、そしてちょっと観光 | |
雨のち晴れ、再び山へ(雌阿寒岳、阿寒富士) | |
あと一座だ、登るぞ〜(斜里岳、岩保木山) |
北海道といえば、すぐ登ってみたい山の名前をいくつも数えることができる。おそらく、山登りをしない人でもそれらの山の名を知っているのではないだろうか。例えば利尻、羅臼、大雪、阿寒、アポイ、王冠のようなトムラウシも忘れてはならない。中でも大雪は夏でも雪渓がたくさん残り、お花畑が一面に広がるという憧れの山だ。
その憧れの山に向かったのは、2003年の夏。予定を組み、花々が咲き乱れる7月の大雪へ。羽田から旭川へはひとっ飛びだ。空港からバスで旭川の町に行き、バスを乗り継いで層雲峡のホテルに向かった。広い大地を走りながら、米どころとの看板が多いことに驚いていた。寒い土地、米などあまり収穫できないのではないかと思い込んでいたが、気候が変わったのか、寒い気候でも収穫できる改良が進んだのか、自慢の米の看板がたくさんあった。
1日目は層雲峡温泉でのんびり夜を迎える。昨日までは忙しく働いていた、ゆっくり休んで明日から山登りだ。
翌日は朝6時発のロープウェイに乗る。さらにリフトに乗り継いで、山道を歩き始めたのは6時45分。ここからは1時間半ほどで黒岳に着く予定。しかし、山道の両脇に絶え間なく続く花々に息を呑み、つい足が止まりそうになる。こんなに花盛りの山道を歩いたことがあっただろうか。途切れることなくお花畑が続く。急な登山道を彩るのはウコンウツギ、モミジカラマツ、チシマノキンバイソウなど。
夏休みとあって早朝のロープウェイでも客は多かった。登山道を歩く人も多い。それでも、時折立ち止まって花を撮影したり、遠くの山並みを眺めたりしてゆっくり歩いても邪魔になるなどということはない。団体で動く人もあまり見かけない。
1時間半ほどで黒岳1984mの山頂に到着。360度の展望に息を飲む。残雪がいくつもの模様を散らばせている大雪山の懐に忍び込んだ感じと言えばよいか、じわりと感動が湧きあがってくる。なんという景色だろう。この大きさ、広さ。
私たちはしばらくそこに立ち尽くしていた。しばらく周囲を眺めてようやく今日の一歩を踏み出す。今日は行けるところまで大雪を散歩して、再び層雲峡のホテルに戻る予定だ。明日歩くところを下見しても良いし、黒岳で昼寝していてもよい。しかし、見渡す限りのお花畑に誘われるようにどんどん道を進む。目指すは北海岳。さらに進めば白雲岳を越えて、はるか遠くのトムラウシ岳まで続く大雪の大きな天井だ。所々に残っている雪渓を越えて歩いていく。沢があり、湿原がある。水辺には小さなピンクの花が風に揺れている。エゾコザクラだ。春の花という印象だけれど、ここ大雪では雪が遅くまで残っていたのだろう、沢のほとりに一面に揺れている。
赤石沢の出会いを越えて、緩やかな斜面の気持ち良い広場で遅い朝食を食べる。10時だ。今もガスが出るので足を踏み入れることができない、広大なお鉢平の向こうに北鎮岳の白鳥の雪形が見える。その北鎮岳をバックに入れて二人の写真を撮ろうとしていたら、通りかかったおじさんがシャッターを押しましょうと寄ってきた。しゃがみ込んだり、ザックを重ねてその上にカメラを置いたり、バタバタしていたのを見かねたのだろう。
大きな白雲岳をしっかり目に留めておこう。
ちょっとのんびりしてから再び歩き始める。北海岳山頂に着いたのは11時15分。もうちょっと先まで行けるような気もする。行ってみたい気もする。しかし明日以降の幾つもの山歩きを視野に入れて、今日はここまでと決める。
12時前に北海岳を出発して、来た道を戻る。黒岳まで戻って昼食。ロープウェイを降りて、ビジターセンターや、足湯などを散策してホテルに入る。要所要所のスタンプをノートに押すのは、私の小さな楽しみ。帰ったら、写真と一緒にアルバムに貼ろう。
1日目からたくさんの花々に会えて充実した気分で休んだ。
朝目を覚まし、ぐんと背伸びをする。さぁ、いよいよ大雪山の最高峰を目指して出発。ロープウェイは5時50分発。2泊したホテルに、荷物を預かっていただいて歩き始める。今日は山を越えて旭川の町に泊まるが、明日層雲峡を通って阿寒に向かうので、そこで荷物をもらって行けるようお願いした。
昨日より少し早い出発だったので、6時半前には登り始めていた。8時前に黒岳山頂に到着。昨日歩いた北海岳までの道も緩やかに続いている。
少し降って黒岳石室で小休止。ベンチに座って草むらを見ていたら、がさがさ動いている。草が動く?風もないのに・・・。じっと見ていたら小動物が飛び出してきた。背中に太くて黒い縞がある、これはエゾシマリスさんだ。草の向こうから飛び出したリスさんは人がいたのでびっくりしたのか、ぐるりと一回りして、再び草の中に潜って行った。
エゾシマリスさんとの遭遇に気を良くして出発だ。
今日はお鉢平を取り巻く峰をぐるりと越えて、反対側に見えている旭岳まで歩く予定。長丁場になるから、しっかり気を引き締めて行こう。
北鎮岳に向かって行くと、どこまでも平らな風衝地形が広がっている。雲の平と呼ばれる平原は、風の通り道。ボコボコとふくらんだ草地と裸の土がカメの甲羅のようになって続く、独特な景観の風衝地形。そして、どこまでも続く草原はチシマツガザクラのピンクで塗りつぶされたようだ。雲の平を通り、お鉢平の縁を回っていく道は花の真ん中をいくようで、なんだか申し訳ない気分になる。
初めのうちは「わぁ〜」「すごいね」「一面だ」などと声を出していたが、そのうちただただ息を飲むように花を見つめながら一歩一歩を大切に歩いている自分に気づいた。感謝、感謝とつぶやいている。ここまで来ることができたことに感謝、この自然がここにあることに感謝・・・というような気持ちだろうか。
しばらく雲の平を歩いてから登り始める。1時間ほど歩き、北鎮岳分岐から山頂を目指す。15分ほどで北鎮岳山頂に到着。大展望の中に、これから目指す旭岳が、まさに今噴火活動の中にあるらしい灰色の肌を見せている。
あまりの雄大な展望に時を忘れそうになる。11時になる前に山頂を後にする。再び分岐まで戻って今度は中岳を通り、間宮岳に向かう。
山肌にはいくつも雪渓が残っている。雪が溶けたところからお花畑に変わっていくのだろう、チングルマが群生している。早く雪が溶けたところはもう実になって、柔らかい綿毛が光っている。順番に咲いては実になっていくので、チングルマを見ていると、雪の溶けていく様子がわかる。
間宮岳はゆるやかな山容の広い尾根が続いている。進む道を見渡しても、来た道を振り返っても平らに果てなく続いているようだ。その真ん中に山頂2185m表示がある。
このあまりの広さに堪えたか、夫の足が進まなくなってしまった。一歩一歩が、スローモーションビデオを見ているように鈍い。完全にへばっている。でも、ここで足を止めてしまったら、夏でも凍え死んでしまうかもしれない。なんとか励ましながらトロリトロリと前へ進む。水を飲んだ方がいいよと言っても飲めないと言う。
だましだましのように間宮岳を降り、旭岳との鞍部で休憩をする。この時、「そうだ、あれがあった」と気がつく。山に入るときにはいつもザックの底に入れている、ゼリー。フルーツ風味で、ビタミンやエネルギーを補充できるタイプのもの。
ゼリーは水を飲むより飲み込みやすい。幸い、飲むことができた。そしてちょっぴり元気が戻ったようだ。目の前には大雪渓の急斜面が広がるが、私も夫も雪を見ると元気が出る。
ゼリーを飲んで、「あと少しだ。頑張ろう」と、雪渓に取り付く。
今振り返ると軽い脱水症状になっていたのだと思う。山頂稜線は涼しいのであまり汗をかいたとは思わないけれど、夫は汗っかきなので気づかないうちに水分が足りなくなっていたのだろう。この時のことが警鐘となってその後の登山ではずいぶん気をつけるようになった。それでも、何回か同じようなことを繰り返してしまうのだが、それは後の話。
雪の中をガシガシ登って、ついに旭岳2290m山頂に到着、13時45分。まだ噴煙をあげている旭岳にはあまり花が咲いていない、岩の山だ。遠く雲に隠れてトムラウシ岳が見える。独特の王冠の形が半分見えている。
まだ20代前半のころ一人で槍ヶ岳に登ったときに、表銀座コースで知り合った老人が、その後日本中、いや海外からも旅の写真や紀行を送り続けてくださった。何年か前に亡くなられるまでその便りは続いたが、彼の最初の便りが大雪からトムラウシまでの縦走だった。当時、まだ学生に毛が生えたような私には夢のような山旅の便りだった。いつかトムラウシに登りたい、この目で見てみたいと思っていた。登ることは叶わなかったが、その姿をしっかり見ることができた。
大雪は大きい。けれど、周囲にもまたさらに山が広がっている。北海道の山地が大きいと言えばよいのか。黒岳から登り、稜線をぐるりと歩いてきたが、遠くに目をあげれば山また山、いくつもの波のように青い峰が続いている。
山上に立って、雲と空が戯れるようなゆるやかな天井の動きをぼんやり見ていると、いつまでもそこにいられるような気がする。幸い、夫は何事もなかったかのように元気を取り戻した。「雪の中を登っているうちにだるさが消えた」と言っているが、水分をうまく取ることができたからだろう。
それはさておき、夕方までには旭川に到着したい。降ろうか。旭岳ロープウェイまで岩ゴロの稜線を一気に降る。見下ろすと稜線の脇は噴煙が湧き上がる広い谷だ。
私たちは振り返っては遠くなる旭岳の山頂を見上げ、見下ろしては噴煙の豪快な動きに見惚れ、ワクワクしながら一気に降りていった。
昨日とは別世界のような、荒れた大きな岩の斜面をしばらく降りると、再び草原が広がってきた。姿見の池で少し休んでから、ロープウェイに乗った。
17時5分発のバスで旭川に向かう。旭川のホテルに着いたのは19時ちょっと前。荷物を置くとすぐ夕食を食べに出かけた。いくつか聞いていた旭川ラーメンのお店の中から、ホテルに一番近いところに行ってみる。小さなお店だけれど、客がいっぱい。地元の人ばかりのようだ。カウンターなら座れると聞いて、うなずく。
ここで食べたラーメンは今までに食べた中で最高のラーメンだと、私と夫は意見が一致した。後日談になるが、その後も時々もう一度食べに行きたいねと話している。
旭川のホテルで目が覚めた。まだちょっと興奮しているのは、二日間の大雪山歩きが天候にも恵まれて充実していたからだろう。
今日は移動日と呼べば良いか。まずレンタカーを借りる。そして層雲峡のホテルに向かい、置かせてもらっていた荷物を受け取る。そのあとは未定、未計画。夜までに阿寒湖畔のホテルに入れば良い。
レンタカーを借りて、出発。国道39号線を走る。層雲峡への途中に『北の森ガーデン』という観光スポットがあり、そこには熊牧場もあるという。北海道に来たのだから、ヒグマさんにも挨拶して行こう。山の中では会いたくないから、熊牧場に寄っていくことにする。
国道沿いのレストランショッピングセンター『北の森ガーデン』にはSLも展示されていた(2021年現在はなくなったそうだ)。公園は、広々としていて寛げる。
熊牧場では、餌を買って熊さんにあげることができた。しかし、しかしだ、やはりヒグマは自然の中にいた方がいいと思った。テラスにのっそりしているヒグマさんたちは、柵のこちら側に人間が立つと、なんと『ちょうだい』をするのだ。あるいは片手を上げて『こっちに美味しいものを投げて』というようにポーズをする。それは彼らの責任ではないと分かっている。人間がそのように仕向けたんだ。
もちろん捕まってしまえば殺されてしまう方が多いのだから、ここでのんびり生きている方がいいという考え方もあるだろう。 でも・・・やはりちょっぴりだらしなく思えてしまう。可愛いけれど、それはヒグマさんの本態じゃないから・・・。
層雲峡のホテルで預かってもらっていた荷物を受け取り、いよいよ北海道の大地を大移動。国道273号を走る。走る。ただ走る。どこまで走っても人が住んでいる気配はこの道路だけ。森また森が続いていく。
あまり森ばかりなので、一度、脇道に入ってみた。何か人工物に出会うかと思って。ところが、しばらく走ってもやはり同じ森、Uターンして元の道に戻った。
地図を見ながら三国峠というところを越え。糠平湖の辺りでお昼を食べるために休憩。さらに走って足寄町に入りここでまた道の駅で休憩。ソフトクリームをなめて元気を出し、出発。国道241を走って阿寒湖に到着、ホテルにチェックイン。
一日中車で走っていたので疲れたけれど、背伸びをしたい気分だったのか、夕暮れ迫る阿寒湖のほとりを散歩することにした。車の途中からは雌阿寒岳と阿寒富士が並んで見えたが、湖の向こうには雄阿寒岳が美しい姿を見せている。山と湖が夕暮れの闇の色を濃くするのを眺めて、ホテルに戻った。
翌日は・・・雨。昨日は移動だけだったから、今日こそいざ山へと意気込んで起きたのだったが、休息日となってしまった。
山登りは天気と相談しながらと思っていたので、予備日は考えていた。ただ、本当は今日登って、明日ゆっくりできると良いと思っていたのだ。お天気は思うようには動かせないということか。
気分を取り直して、せっかく阿寒湖という大きな観光地に来たのだから歩いてみよう。
阿寒湖といえばマリモ、湖の真ん中にあるチュウルイ島でマリモが見られるというので、高速船に乗った。マリモ展示センターではたくさんのマリモや巨大なマリモにびっくりした。島での滞在時間が短かったので急いで船に戻ったが、そのあと湖を一回りした。
時間はたっぷりあるので、近くのアイヌ部落に行ってみる。お土産がたくさん並んだお店が続いている。小さなお店で、孫への土産やアイヌの楽器ムックリなどを買い求めたら、お店の主人夫婦が民族衣装を着せてくれた。年配の婦人が、奥から民族衣装を持ってきて「これはお祝いがあるときに着る私の服だよ」と言って着せかけてくれた。どっしりと重く、しかし体にしっとりと馴染む服は、手刺繍のアイヌ文様が施されている。着物なら留袖といったところか、祝事の主になったような厳かな気持ちになった。
礼を言って店を出て、劇場に向かった。劇場は思ったより狭い空間だったが、哀愁のある独特なアイヌの音楽で舞う鳥の舞や、ムックリの演奏、小劇など盛り沢山だったので満足。劇場を出ると雨は上がってきた。まだ昼前だから、どこか行ってこようか。
どこか・・・と言っても、阿寒湖のホテルに戻ってくることができる範囲でのドライブだ。山以外のことはあまり下調べもしていない私たちは、地図を見ながら行けるところまで行ってみようか〜と呑気に出発した。
初めは摩周湖。『霧の摩周湖』というフレーズが耳に残っているのは歌謡曲のせいだろうか。まさしく霧の摩周湖だったからか、湖面は霞んでいた。バイカル湖に次いで世界で2番目に透明度が高いというブルーの湖面を見たかったが、あいにくの雨模様のせいか、残念だ。展望台から周囲を少し歩いただけで、次へ向かった。
硫黄山は、まさに活動中の火山だ。地球が動いているということを感じさせられる。水蒸気が吹き上がるすぐ近くまで行くことができたが、512mの山頂まではいけなかった。レストハウスでお昼を食べることにしたのは、ラーメンが美味しそうだったから。『噴火ラーメン』と名付けられたラーメンは、たくさんの加薬が乗っていて楽しい。面白いので加薬の数を数えたら、エビやホタテ、蒲鉾、海苔など18種類もあってびっくりした。
遅いお昼を食べて、今度は屈斜路湖に向かう。屈斜路湖はカルデラ湖では日本で1番大きい湖、世界でも2番目に大きいそうだ。カルデラ湖というのは火山活動でできた凹地に水がたまってできた湖のこと、阿寒国立公園(2017年に阿寒摩周国立公園となった)には美しいカルデラ湖がいくつもあるがその中でも有名な三湖を回ることができた。ぐるっと一回りして阿寒湖畔に戻るコースだ。
屈斜路湖の湖畔には「野湯」と呼ばれる自然に湧き出す温泉がいくつもあるというので、そこに寄ってみた。湖畔を走っているといくつかの温泉があった。私たちが立ち寄ったところは「コタン温泉」、湖畔を見通せるところに岩で囲った温泉があり、誰もいなかったのでそこに決めた。着替えもタオルも用意してこなかったので足だけ浸かったけれど、気持ちが良かった。ゆっくり温泉に浸かる旅もいいかもしれないと、ちょっぴり思った。湖の近くにハマナスが咲いていた。私は海辺に咲く花かと思っていたのでびっくりした。
ホテルに戻って、アイヌ楽器のムックリを吹いてみようと挑戦したが、ほとんど音が出なかった。
翌日は晴れた。登山口が近いので、ゆっくりホテルを出発して、歩き始めたのは9時半。阿寒には雄阿寒岳と雌阿寒岳があり、標高が高いのは雌阿寒岳。雄阿寒岳は湖からは近いのだけれど、登山禁止になっていたので、標高の高い雌阿寒岳に登ろうということになった。
登山口の野中温泉には、オートキャンプ場もあり、車はそこに止めて出発。歩き始めるとすぐ、笹原を揺るがせてシカが現れた。エゾシカだ。
あまり恐れる様子もなく、しばらくこちらを見ていたが、くるりと向きを変えて森の中ヘ走り去った。
しばらく森の中を登ると、次第にハイマツばかりの斜面になってきた。そのうちハイマツもなくなって、大きな岩がゴツゴツしている。岩ばかりになってきたら楽しみにしていた花があった。所々に緑の塊、メアカンフスマが満開だ。ずいぶん歩いたので、花を見ながら小休止をしていたら、岩の上を小さな動物がヒュッと走って消えた。オコジョだ・・・と思う。素早くてカメラを構える暇もなかった。
さて、荒れた山肌をどんどん登る。火口壁に近づくと、いよいよ火山の雰囲気が強くなってくる。
まるで他の星に行ったかのような荒れた岩の塊。火口は深くえぐれ、所々から噴煙が吹き出している。火口壁をぐるりと回って、雌阿寒岳山頂1499mに到着。時計を見ると12時半、登り始めてから3時間だ。
山頂は茶色一色、思っていたより広かった。火口は切り立った崖だけれど、反対側は緩やかな斜面が広がり、踏み跡が伸びていた。こちら側にも登山道があるのだろうか。
山頂でおやつを食べて一服した後、時計回りに火口壁を先へ進んだ。火口を見下ろすと、小さく青い湖面が見える。カルデラの底にある湖、青沼というそうだ。外輪山の稜線を進む。木はほとんどなく、活火山の勢いを感じる風景だ。霧で隠れていた阿寒富士が目の前に大きく見えてくる。
二つの山の鞍部に向かって下っていくと、目の前の阿寒富士への登山道がジグザグになっている様子が航空写真のように全て見えている。
8合目まで降る。午後1時を5分過ぎた。阿寒富士の登山道の中腹に二人連れの登山者が降りてくるのが見えている。やっぱり登ってこようか、今度はいつ来られるかわからない。
私たちは8合目に荷物をデポして、水分やカメラだけを持って登り始めた。登り始めるあたりで、さっき見えていた登山者とすれ違う。機械的にジグザグを繰り返して30分で阿寒富士1476mの山頂にたどり着く。
鉄分が多い岩なのか、赤くゴツゴツした山頂、しかも私たちの他には誰もいないという状況、やっぱりどこかほかの星に迷い込んだよう。ちょっとした感動だ。山頂には動物のフンがたくさんあった。そのフンの中にきれいな緑色の光沢ある昆虫の羽らしいものが光っている。こんなにたくさんの昆虫、食べちゃうんだ。誰が落としたのかなぁ。
さて、下りは速い。一気に荷物を置いてある8号目まで駆け下りる。花が増えてきた道を急いで降っていくと、はるか下にオンネトーの湖面が見えてきた。これからあの湖まで降りて、さらに原生林を越えて車を置いたところまで戻らなければならない。しかも昨日雨で停滞してしまったので、今日は斜里岳の麓まで行かなくてはならない。
オンネトーの周りの森にエゾシャクナゲが咲いている。きれいな深い青や碧に輝く湖面を取り囲む深い原生林に散らばる柔らかな花びらはとても心和む淡い色だった。
森の裾にはイチヤクソウやゴゼンタチバナ、ギンリョウソウなど、小さな花もたくさん目を楽しませてくれた。
しかし、オンネトーからの森歩きは長かった。緩やかな傾斜の、細い道を登ったり降りたり、くたびれ果ててようやく車にたどりついたときは夕方の5時になっていた。
その日の宿まで2時間ちょっと走り、ホテルに着いたときにはホッとした。
翌日、斜里岳の麓の宿で目を覚ましたときは爽快な気分だった。きよさと温泉ホテル緑清荘は全体に広々していて、ホテルというより大きな公共施設というような雰囲気だった。部屋は広く清潔で、バスルームは我が家の居間より広いのではないかというくらい。そこでゆっくり顔を洗い、いよいよ今日は斜里岳に登る。
登山口まで車で行き、歩き始めたのは8時半。30分ほど歩いて下二股へ。沢登りが始まる。沢を渡ったり、滝を登ったりする。大小の滝が続くが、急な岩場はロープや鎖が張られているので安心だ。水しぶきに滑らないように気を付けていく。ちょっと冒険心をくすぐられてワクワクする。
上二股を越えて稜線にたどり着くと、斜里岳の頂が遠くに見える。あそこまでだ、頑張ろう。
稜線をいくと、面白い岩が飛び出している。大きな岩が斜面にひっかかるようになっていて、よく落ちてこないと感心する。登るにつれ、南斜里の峰々が見える。快晴ではないので、雲の幕が揺れている。
水がふりかかるような岩場にもダイモンジソウなどの清楚な花の姿はあったが、森に入ると一段と花が増えた。タカネトウウチソウやショウマが風に揺れ、エゾノマルバシモツケなどの灌木の下にトカチフウロの花が一面に群れ咲いている。大雪山にもたくさん飛んでいたオレンジの蝶が、ここでもたくさん花に集まっている。コヒオドシだろうか。
私たちはどんどん広がる視界を楽しみながら稜線を辿っていく。目の前に山頂が見えてくると、足取りが軽くなってくる。もう少しだ。
ついに斜里岳1547mに到着、11時半をわずかに回っていた。山頂は360度の大展望。霞んでいるが、オホーツク海が目の下に濃い青で広がっている。雲の上に浮かぶように知床半島の峰々も見えている。あそこにも行ってみたいねと、夫とうなずく。山頂には数人の男性がいた。この季節の山頂としては静かだ。そういえば雌阿寒岳も人が少なかったが、雲海に浮かぶようにその阿寒の三山が見えている。ずいぶん遠くまで来たんだ。
ちょうどお昼だったので、山頂でおにぎりを食べる。夫が、山で食べている写真は僕だけだねと笑うが、ここでも夫をモデルに写真を撮った。
山頂に立つと、斜里岳の大きさがわかる。南斜里の峰々が続いている、奥深い。冬には凍てつくオホーツクのすぐ近く、気のせいか風景がピシッと引き締まっているように感じる。
山頂にいた男性たちのグループが何かバタバタしている。見ていると、一人の登山靴の先がパックリ割れている。それをひもで縛って応急処置をしているようだ。登ってきたコースは滝が多く、濡れたり、急峻な岩場をたくさん歩いたりするから、靴にも負担が大きかったのだろう。しかし、パックリ割れては歩けないから、大変だ。私たちも多少のひもや布の類は持っていたので大丈夫か聞いてみたが、なんとか応急処置はできたようだ。
男性たちと分かれて、降ることにした。数日間の北海道の山歩きもこれが最後かと思うと感慨深いものがある。帰りは、沢ではなく尾根コースを行くことにしている。馬の背を通って、熊見峠にいたり、そこから降る道だ。上二股で分かれ、熊見峠に着いたのは1時40分、山頂を出発したのが12時10分頃だったから1時間半かかったことになる。
木々の茂る稜線は思ったより長かった。しかし、花々が目を楽しませてくれた。この稜線では小さなリンネソウがたくさん咲いていた。淡い桃色のとても小さい花が下向きに咲いている姿は可憐だ。私はこの時仏教の輪廻と関係があるのだろうかと思っていた。恥ずかしいが、植物学者リンネ(カール・フォン・リンネ1707−1778スウェーデン)に由来する名だということはずいぶん後になって知った。リンネに愛された花リンネソウ、その由来は知らなくてもその愛らしい小さな花を綺麗に撮りたかったのだが、当時の小さなカメラでは接写がなかなかうまくいかなかった。車で走っている時にオレンジ色のコウリンタンポポをたくさん見たが、稜線では珍しいフタマタタンポポが咲いていた。
下りに入り森が深くなるにつれ、ミミコウモリやエゾノレイジンソウなどの群落が目立つようになってきた。さらに1時間降って下二股に到着、少し休む。あとは朝きた道を引き返すだけ、30分ほどで登山口に停めてある車についた。
ただ、これでおしまいではない。今日はここから釧路までのドライブがある。車で出発したのは3時半、国道391号線を走る。南下して釧路近くの湖の間を走る道だ。窓外の景色を眺めながらいく。走っても、走っても湖面が続いている。しばらく湖のほとりを走って、休憩した。湖の脇に車を止めて足を伸ばす。ここはシラルトロ沼。
釧路のホテルに着いたのは夕方の6時。北の地とはいえ、夏の最中なので、まだほの明るい。私と夫はどこかで夕食を食べようと、街に出てみることにした。ところが、この日は釧路のお祭りだったようで、山車が出ていたり、行列になって人々が行き交っていたりして、なんだか楽しそうだ。賑やかな音につられてうろうろしているうちに暗くなってきて、私たちは街で食べることを諦めた。ホテルに戻り、レストランで夕食を食べて休んだ。ホテルのレストランで聞いたら、『くしろ港まつり』という何十年も続いているお祭りなのだそうだ。
長かった北海道の山旅もいよいよ終わり。最後の日は夕方の便で羽田に飛ぶことになっている。空港でレンタカーを返すことになっているので、釧路湿原を回ってこようということになった。山登りの情報以外はあまり下調べをしていなかったので、車で行けるところまで行ってみようという呑気な気持ちで出発。細岡展望台というところが近そうだ。
ただ、天邪鬼な私たちは、一気に展望台へ行かず、途中の山道で降りて、湿原を眺められないか歩いてみることにした。道は登りになっているので、期待して早足で歩く。すると、小高い頂らしいところに到着、山名表示があった。立派な山ではないか。標高は101mだったけど・・・。この岩保木山が、私たちの北海道山歩きの最後の登山となった。こんなところに山と名のつく高いところがあるなんて知らなかったので、大喜び。
しばらく辺りを歩いて鉄道の音を頼りに湿原が見えるところまで行ってみる。釧網本線の鉄道が走っている。あれに乗ってみたかったねと話しながら車に戻った。
釧路湿原はあまりにも広く、車で回ってもずっと平原が続いている。細岡展望台からコッタロ展望台へ、さらに回ってどさんこ牧場に行ってみた。ここでは馬に乗ることができるという。時間があれば、湿原の奥まで馬で回ってくることができるらしいが、私たちはそれほどゆっくりできないので、散歩するだけにした。私は馬に乗るのが初めての経験、オペレックスという29歳の馬はとても大人しい馬で、鞍が思ったより固かったことを除けば、素敵な体験だった。
どさんこ牧場を出て釧路市湿原展望台へ。展望台は湿原内で見られる谷内坊主(やちぼうず)をモチーフにしたという丸い形の変わった建物だ。ここでお昼にしたが、メニューはあまりなかった。夫は北海道と言えば鮭、そしてイクラの親子丼を選んでご機嫌だった。
湿原の景色を存分に楽しんだけれどまだ時間がある、丹頂鶴に会ってこよう。丹頂鶴自然公園には5月に生まれたばかりのまだ羽の生えそろわない幼鳥もいて可愛らしかったけれど、網の中に囲われている姿は物悲しい。
私たちは一回りしてそこを出て、海岸まで足を伸ばしてみた。海岸通りを走り、恋問という物語が生まれそうな地名を見てから空港に向かった。
19時35分私たちが乗った飛行機は釧路空港を飛び立った。予定通り、羽田空港に到着。モノレール、私鉄を乗り継いで、我が家に帰ったのは23時40分、辛うじて日付が変わる前だった。