「どこに行こうか」「袴岳」、即答だった。春の袴岳には何回か行っている。雪の上を歩いて山頂を踏んだこともある。懐に湿原を抱いているので水辺の花も楽しめるうえに、私たちの大好きなブナ林をたっぷり楽しみながら歩くこともできる。
「秋には行ったことが無いよね」というのが夫の言い分。まだ夏の名残を残す暑い中、あまり標高の低い山に行って汗をかくのは嫌だなぁという気持ちがそのまま顔に書いてある。袴岳も標高はそれほど高くないのだけれど、北に位置するので多分涼しいだろう。欲張りな私はもう少し遠く、もう少し高い山にもちょっと気持ちが揺れるが、秋の袴岳を歩くのは気持ちが良いだろうということには賛成。
おにぎりを作って家を出たのは7時半。「今日はどこから行こうか」と言いながら、走り慣れたいつもの道を行く。牟礼駅を越えて、高速道路の下を潜り、まっすぐ山に向かって登っていく。この山は斑尾山、スキー場まで登ると、今度は新潟方面に降っていく。私たちはいつもの赤池に車を停め、そこから登るつもりだった。ところが、赤池に向かう道路には通行止めの看板が立っている。2019年の台風の影響だろうか、今年の春は来なかったのでいつから通行止めになっているか分からない。
一昨年の春にやはり通行止めだったが、昨年春には開通していたので、私たちは赤池から袴岳を一周してきた。
その道が再び通行止めになっている。
仕方がないのでもう少し進んで万坂峠に車を停め、そこから登ることにした。かろうじて1台停められたので、靴を履き替える。周りにはツリフネソウが大群落になっている。
私が長年履き慣れた登山用の靴もくたびれてきて滑りやすくなったので、新調した。新しい靴での初めての山歩き、袴岳は高低差も斜度もあまりきつくなく、時間も3〜4時間、ゆっくり歩けるので、ちょうどいいかな。今日は万坂峠からなので、赤池からよりもさらに楽なコースだ。
今日は1日晴れるという予報を信じてやってきたけれど、なかなか雲がきれないようだ。万坂峠から少し登ると、斑尾タングラムが見下ろせる。駐車場には車が溢れている。そういえば来る途中も車が多かった。土日と秋分の日、敬老の日を合わせて4連休なのだ。コロナの自粛で頑張っていた人たちが一気に繰り出した感じ。少しでも密集を避けられる、自然の中へという人々の気持ちが表れているのだろう。
私たちが選んだ袴岳は思っていた通り、人が少ない。どちらかというとマイナーな山、知る人ぞ知るという感じかな。少し歩くと、袴湿原につく。小さな湿原に秋の色が広がっている。イヌツゲの木が多くなって、湿原が乾いていることを感じる。木道を進んで水辺の道に出る。丈高いアシなどの奥に黄色い花が咲いている。メタカラか?オタカラか?葉っぱが大きい、そして花びらに見える舌状花がたくさんある、これはオタカラコウでしょう。春にはミズバショウやサンカヨウが一面に咲く水辺に、ミズバショウの葉だけが巨大になって隠れんぼをしているようだ。
袴岳への登り口を過ぎて少し行くと袴池がある。春、クロサンショウウオの卵が沈み、ミツガシワが咲いていた池は、今静かに眠っているようだ。
ここから少しだけ暗い杉の森に入る。すぐぬけて、ホオやトチの大きな葉が空に広がる広葉樹の森を登っていく。ほとんどの草花が小さな実をつけて枯れ落ちそうになっているが、アキギリの花が一人元気だ。黄色いキバナアキギリと、濃いピンクのアキギリと、なんだか色が混ざっている花もある。この辺りは、春にはエンゴサクの花が満開になるところだ。春と秋の違いはあるけれど、同じような光と大地が好きな花なんだね。
そして緩やかなアップダウンを繰り返すとブナの大木が出迎えてくれる。
いつ来ても感動で気が引き締まる。神々しいなぁと隣で夫が呟く。ブナの森の空気を全身に浴びながらゆっくり登ると頂上だ。残念ながら雲は低く北に広がり、目の前の妙高山は隠れている。私たちはおにぎりを食べながら、雲が晴れるのを待つことにした。ゆっくり秋の気配を感じながら。
山頂に咲くウワミズザクラもナナカマドもムシカリも、今はみんな赤い実をつけている。今年は袴岳に限らずどの山に行っても、ムシカリやガマズミの実が例年より少ない気がする。他の小さな草花の実も。熊が何を食べるかあまり詳しくは知らないが、今年は熊にとってもひもじい年なのかもしれない、時々里に出るというニュースを聞く。
私たちは熊の目になって森の恵みを探しながら歩いてみた。やはり赤い実は少ないけれど、袴岳にはヤマブドウがたくさん実っていた。酸っぱいけれどみずみずしい実を少しだけ味見させてもらう。
まだ季節が早かったのか、キノコは思ったより少なかった。粘菌のようなものもある。変形菌という粘菌についてはまだわからないことが多いらしいが、その世界を覗いてみるとなかなか面白そうだ。夫が興味を持って調べているので、つい私の目も探す。夫より先に見つけると「あ、これは粘菌でしょ」とちょっぴり鼻を高くするのが自分でもおかしい。
おにぎりを食べて、周囲の森の中を少し散策するが、雲は切れない。時々青空がのぞくけれど、すぐ新しい雲が流れてくる。今日は一日こんな感じかなと、諦めて帰ることにした。
途中の稜線で、頚城平野を見下ろすことができるのだが、上りの時と同じく雲の下に霞んでいた。